57話
「ふふ」
笑いを堪えるジェイドの視線に気付き、オードは目配せをする。
「あん? なに? あたしのなんでしょ?」
全てを見透かしたようなジェイドが、いちいち癪に障る。なにをどれだけ食べようが、あたしの自由でしょ?
悪い悪い、と微笑の理由をジェイドが解説する。
「オードは濃いコーヒーが好きだね。エスプレッソとか」
使った豆はインドネシアのトラジャコーヒー。強い苦味とスモーキーな香りが特徴の高級豆だ。それをふんだんに使ったコーヒーガナッシュ。それをオードはすぐ二粒目にいった。
「まぁそうだけど、なに? なにか文句あんの?」
それが見透かされたからなんだというのだ。なのでもうひとつ。悔しいが美味い。
「違う違う。こういった実験結果もあってね。明るいところでは、濃いコーヒーを好む者はその量が増えるんだ。逆に薄いコーヒーを好む者は、薄暗い場所で量が増える。不思議だね」
味覚には『明るさ』という要素もあるという結果。視覚に含まれるか微妙なところだが、ジェイドは使える要素は全て使いたい。味というものを、文字通り様々な視点から研究していく。美味しい、と感じることができるならば、手段は問わない。
しかし、その頭でっかちな思想に、オードは引け目を感じる。
「……もっと気楽に美味しい、でよくない? 究極とか、そういうのなしで」
最終的には、フォークの材質とか、座るイスの高さとかまで、コイツといるとこだわりそう。いや、一緒にいるつもりはないけど。
「で、どういった用件で呼び出したわけ? あたしも忙しいんだけど」
ゴロゴロと、頬でショコラを転がしながら、舌足らずにオードは問い詰める。まぁだいたい予想はできる。そしてそれに対する返答も。
「それはもちろん、またカルトナージュをおね——」
「断る」
ジェイドが言い終わる前に、被せ気味にオードは拒否する。やはりね、と想像通り。
「今日は天気がいいね。天気予報が大当たりだ、少し暑いくらい。カルトナ——」
「断る」
諦めずもう一度、少し余計な前置きを入れてから、ジェイドが不意打ち気味になにか言ってきたが、とりあえずオードは断る。最後まで言わせない。
はぁ、とため息をついて、ジェイドはベンチの背もたれに深く寄りかかる。頑なだ。
「心外だねぇ。オードの実力を高く評価してるからこそなのに」
カルトナージュというものの知識などは皆無だが、素人目に見てもオードの作品は心が震える。丁寧さ、質感、色合い。見るべきポイントがそこなのかはわからないけど。
そのオードの不機嫌の正体。それを説明する。
「WXYから依頼がいくって言ってたのに、なにもこないんだけど?」
ジェイドに言われた通りにこなせば、自分に依頼がくるという約束。それも老舗ショコラトリーから。が、今のところ音沙汰なし。どうなってる?
うーん、と晴れ渡る空を見上げながら、ジェイドは考えをまとめる。
「それはそれ。これはこ——」
「他あたって。あたしはもっと名前を広めたいの。そっちのオーナーからの依頼以外、受けないことにした」
自分にメリットがないなら断る、とオードはシャットアウトする。視界にも入れない。徹底して拒否。でも。
「これはもらう」
自分用に作ってきたショコラはもらっておく。食べ物は粗末にしてはいけない。少し味の違うのもあるようで、若干甘いやつに当たった。これも美味い。
「やれやれ。お姫様は強情だ」
とりつく島がないことを確認したジェイドだが、心の中で「さて次は……」と、作戦を次に移行させていく。
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