56話
ジェイドが働くショコラトリー、『WXY』において、春の新作ショコラを希望者は作り上げ、M.O.F、国家最優秀職人章であるオーナーが審査するというイベント。支店・本店問わず、優秀な作品は店の顔として売り出していくこととなる。
そこでジェイドは春の新作『見本』ショコラを作り、少しザワつかせた。言葉通り、売り物ではない。店のショーウインドウに、ショーケースに飾るためだけの『フランス』をイメージしたショコラ。本人曰く「指定がなかった」から、だそうだ。
それがオーナーである、ロシュディ・チェカルディの目に留まり、一応は仮採用という形になった。その要因が、フランス領カリブ海の小さな島、マルティニーク島の幻のカカオを使った、『マリー・アントワネット』と名付けたショコラ。生産数が少なすぎて売り物にできない。
だが、どんな味なのだろうという興味が、支店や本店を含め話題になったそうな。そして同時にフランスの粋を結集した箱の装飾技術『カルトナージュ』とともに、そのアイディアが評価されたとかなんとか。それらを作り出したのが、この二人なのだ。
「研究の結果、高い音を聴くと甘く、低い音は苦く感じるらしい」
不思議だね、とジェイドは肩をすくめる。書物で読んだ知識なので、実際にそうなのかはわからない。多数の人間を対象に行った実験だそうだが、奇跡的な確率で、その全員が同じような舌の感性を持っていただけかもしれない。
眉唾すぎて、オードは否定的な意見だ。
「信じられないっての。じゃあなに、ショコラトリーでは、赤ん坊の鳴き声をBGMにしてたほうが美味しく感じるってわけ?」
足を組み替え、少しでもムカムカした気持ちを抑える。ダメだ、全然治らない。
「極端に言えばそうなるかもね。でも、ビターなのが好きな人も多いからなぁ。私だったら、そんなBGM聴いてると辛い気持ちになっちゃうから、あんまり聴きたくないかな」
そう言ってジェイドはひとつ、所持品のショコラを頬張る。今日のおやつはコーヒーガナッシュ。艶のあるボディ。滑らかな口どけ。苦味と甘味のバランス。太鼓判を押せる出来だ。
「誰だってそうだっての」
噴水の煌めく水面を見ながら、オードは不平を口にした。なにが悲しくて、泣き声を背景に甘いものを食すという、罰ゲームを受けなければならないのか。
「それよりほら、食べてみなよ。せっかくこの前のお礼に作ってきたんだ」
「ならあたしより先に食うな」
ジェイドから差し出されたコーヒーガナッシュをオードはひとつ取り、口へ運ぶ。暖かい陽の光で照らされ、輝きを放つその楕円形の球体は、ほろ苦く濃厚な衝撃がガツンとくる。すぐに口内で溶け終えるのを確認すると、もうひとつ口へ。
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