55話
「ソニック・シーズニング?」
なにやらカッコいい英単語を耳にし、オード・シュヴァリエは聞き返した。サラダにふりかけるドレッシングのような、そんなイメージをしたのだが、ソニックが気になる。ソニック。音速?
現在、時刻は一二時。場所はパリ、モンフェルナ学園の中庭。天気は快晴。中央には人工大理石を使った噴水が立ち上り、その周りには等間隔で八つの長い木製ベンチが取り囲む。オードはそのひとつに座る。
聞き返されたジェイド・カスターニュは、まずそこにたどり着く前に、他の例を挙げて外堀から埋めていく。
「青いものって食欲がなくなるって聞いたことあるかい?」
オードと同じベンチに座っているのだが、端に座る彼女から二人ぶんほどのスペースを空けて、ジェイドは座る。もっと近づいて話したいのだが、オードが離れていくのでしょうがない。
なんとなく、聞き返したことと違うものが返ってきたような気がしつつ、オードはとりあえず新たな質問に答える。
「いや、ないけど……たしかに、青いスープとかはなんか怖いわ。本当は美味しくて、体にいいものだとしても、ちょっと嫌な感じになるかもね」
青い食べ物、言われてみればあまり浮かんでこない。青い空、青い海、青い地球。見るぶんには美しいが、胃の中に入るとなると少し戸惑う。
「そんな感じで、食べるものは味覚や嗅覚だけじゃなくて、視覚や触覚でも味わいが変わっちゃうってわけ。で、これはオックスフォード大学のチャールズ・スペンスって人の研究の結果らしいんだけど」
「……待って、難しい話? あんまりそういうの得意じゃないんだけど」
なにやら有名っぽい大学の、頭の良さそうな人の名前が、ジェイドの口から出てきたところで、どちらかといえば勉強嫌いなオードは頭を抱えた。
指を振ってジェイドは否定する。
「いや、簡単。音には味があって、味には音がある、ってこと」
鳥の声が聞こえる。木々のざわめきも。オードの頭には、ジェイドの話よりも自然の音のほうが入ってきた。もう一度考え直してみたが、やはりわからん。
「……言葉は難しくないんだけど、全く頭に入ってこない。てかさ、あんたってもしかして、頭いいの?」
なんとなく、勝手に家に着いてきたり、無茶な注文してきたり。かなりぶっ飛んだヤツかと思っていたが、ベルギーからの留学生であることを思い出した。流暢なフランス語も話せるし、少しだけ嫉妬じゃないが、モヤモヤするものがある。
腕を組んで深く考えこむジェイドだが、答えは出ない。
「どうだろうね。この留学にはGPAが関係してるらしいから、世間的に見ればいいほうなのかな」
GPA。グレード・ポイント・アベレージ。成績の平均値。欧米では、これがかなり進学に関わってくるため、気にしている者は多い。モンフェルナ学園や、元々ジェイドの在籍していた聖ルカルトワイネでは、この最上位者しか、留学の許可は降りない。
「……なんかムカつくわ。で? 触覚とか視覚はなんとなくわかるけど、聴覚はなに? なんか意味があるの?」
不貞腐れながらオードは問い詰める。そもそも、なんでこんなことになっているのか。
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