51話
しかし、ジェイドは不敵な笑みを浮かべている。
「……なにか手が?」
耐えきれず、男性は質問をする。なにか、あるんじゃないか。この網の目をくぐり抜ける、なにか方法が。
そして、ジェイドはそれに応えた。
「フランスの『国土』では無理なんです。しかし、ひとつだけ、カカオの生産を行なっているフランス領の島があるんです。それは——」
男性は、ハッと目を大きく開けた。
「……中南米マルティニーク島か。まさか、あそこでカカオの生産が——」
「もうあまりやっていないようですが。就職率も低く、このフランス本土に出稼ぎに来てる人も多い。そのおかげで少量だけですが、手に入ったのは奇跡です。島全体がカカオではなくコーヒー豆にシフトしてますから、おそらく大量生産も今となっては不可能です」
カリブ海に位置する小さな島、マルティニーク島。コロンブスに『世界で最も美しい』とまで言わしめた、フランスの海外県のひとつである。元々はカカオの産地として有名であったが、一八世紀に発生したハリケーンにより、カカオの木が壊滅状態に。それ以降、コーヒーを主としているが、カカオも少数産出しているのである。
「なので、『春の新作』ではありますが、見本としてしか使えません。フランスの誇るカカオバリー社のマディロフォロなどで代用できれば、味も生産量も上がるのですが、完全に『フランス』ではなくなります。どうしてもカカオ豆だけは、輸入に頼らざるをえなくなりますから」
悔しいが、こればかりは仕方ない。少量であるがゆえに、ほぼ地産地消で済ませてしまっている。島に行けばショコラを買うことはできるが、契約してカカオを輸入することは不可能だ。そもそも、そうなるとWXYの理念である、『ツリートゥバー』、木から責任を持って育てたカカオのみを使用する、ということからも外れる。だから売ることはできない。
全てを理解し、数秒深く考えたのち、男性は重い口を開いた。
「……ボンボニエール、トワルドジュイ、マントンのレモン、シェシュン、そしてマルティニーク産のカカオ。たしかにこの中に『フランス』が詰め込まれている。おそらく他の支店も含めて、全てのショコラティエは、味や形などで『フランス』を表現するだろう」
怒っているでも落胆しているでもなく、どこか平坦さすら感じる声色。感情が読めないまま、話を続ける。
「しかし、キミは素材、産地にこだわった。これもひとつの『フランス』。間違いではない」
「……ありがとうございます」
含みのある言い方に、素直には喜ぶことはできないジェイド。おそらく、ここから落とされることは、なんとなくわかる。唇を噛み、衝撃に備える。
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