50話
お菓子を入れる、蓋つきの容器。そこから連想されるもの。男性はハッとし、気づく。
「……待って、もしかして、この容器——」
「はい、『ボンボニエール』です」
ジェイドは肯定した。それは『幸せの宿る器』とも呼ばれている。
ボンボニエール。ヨーロッパでは祝事の際に、砂糖菓子を配る習慣がある。その砂糖菓子を納める容器として、古来より趣向を凝らしたものが定番となっていった。一三世紀にはその存在が確認されており、一八世紀頃からフランスを中心に広まっていったという。漆器や陶磁器、ガラスや錫など、様々な材質のものが世界各地で愛用されている。
「なるほど……たしか日本なんかでは、皇室の贈り物になったりするね。中はグラシン紙を敷くなり、個包装にするなり、なんとでもなる。それとこの布はもしかして」
ボンボニエールを包みこむのは、ベージュクリームの下地に、ブルーのペレセポリス柄のファブリック。男性はこの柄に見覚えがある。いや、フランス人なら知っておくべき柄。
「トワルドジュイ。フランスが世界に誇る、あのマリー・アントワネットさえも魅了したファブリックです。同級生の友人に作ってもらいました」
一度カルトナージュを掌に持ち、ジェイドは解説を挟む。
トワルドジュイ。一八世紀のロココ調をイメージした、フランスの代表的なデザイン、そして生地。トワルドジュイなしに、フランスのインテリアは語れない、とまで言われるほどに浸透した、国の魂。『人物』『天使』『神話』『シノワズリ』『植物・鳥』の五つに大きく分類され、ネクタイや女性用の下着、バッグなどにも使用されている。
そして、男性は中に収納されていたショコラに手を伸ばした。ここまで来たら、全てフランスで固めているに違いない。そう考え、香りを嗅ぐ。そして答えは導き出された。
「このオランジェット、レモンだね。マントンのレモン。しかも漬けたのはシロップじゃない、これは……」
砂糖と グラニュー糖の香りではない。蕎麦の花、ヒマワリ、その他数種類の蜂蜜。つまりこれは、世界最古の酒。
「その通りです。レモンはシュシェンに漬けてあります。ブルターニュ地方の古くから愛される蜂蜜酒。シロップとはまた違った甘さになります」
みりんを使ったオランジェット。そこからジェイドはヒントを得た。ならば、どんなものでもいけるのではないか、と。そしてたどり着いたのがシュシェン・メルモール。時間がなかったため、まだ漬かりも浅い上に、ほぼぶっつけ本番であったが、思ったよりよくできている。
次から次へと飛び出す奇天烈に男性は楽しくなるが、表情が曇りだす。
「たしかにこれらは紛れもなく『フランス』だ。となると、最後だけど、フランスでカカオって採れるの?」
一番の問題。カカオは年間の平均気温が二七度以上の高温多湿地域でしか、育つことはできない。なので八割近くがアフリカ産。ヨーロッパで栽培しているなど、男性は聞いたことない。さすがにそこは、と情けをかけてあげたくなるが、ジェイドの自信満々なところを見ると、もしかして、期待してしまう。が。
「無理ですね。この国土では生産は不可能と言っていいでしょう」
ダメだった。ならばシュシェンのように、カカオを他のもので賄えることができればいいのだが、もうそれはショコラではない。ショコラとは、カカオが三五パーセント以上、もしくはカカオが二一パーセント以上かつ、カカオと乳固形分の合計が三五パーセント以上のものをさす。カカオを使わない限り、それはショコラとは言わないのだ。
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