49話
ジェイドも「いいのかなー」と心配しつつも、そのまま入るしかない。実は男性はお友達でもなんでもなくて、さらに勝手に入った、ということでオーナーから実質クビ宣告されたらどうしよう、そんなことを考える。
「いやー、いいイスに座ってるね。フカフカだ」
勝手に入った上に、勝手にイスに男性は座り、ご満悦の様子。部屋の内部は、ジェイドが考えていたものよりもとても簡素なものだった。黒い木製の平机にサイドキャビネット。フカフカのイス。本棚に本が数冊。あまりいることはないようなので、それくらいで問題はないのだろう。
細かく法律で調べたら、これは罪になるのではないだろうか、とジェイドは考えた。緊張で生きた心地がしない。早く誰でもいいから助けてほしい。しかし他の従業員は全員まだ働いている。そして、勝手に店内に招き入れたのも自分。きっちりと最後までやらなければならないのも自分。
「も、もう少しお待ちくださいね」
と、これ以上余計なことをしないように、ジェイドは言葉で抑えつける。聞くかはわからないが、やれることはやったと、オーナーに言うために。というか、本当に友達?
「じゃあ、待っている間が暇なので、キミの新作、見せてもらってもいいですか? テーマは『フランス』、難しいよね」
と、ニコニコしながら男性は提案する。先に見せてほしいと。オーナーよりも先に。
だが、テーマまで知っているということは、やはり関係者。変な人をここまで連れてきてしまったわけではない。少しだけ、ジェイドは安堵する。が、
「いやぁ……私のを、ですか?」
少し気が引ける。と、思ったのだが、どうせなら先に練習がてら、評価をもらってみるのもアリかもしれない、とジェイドは考えた。なにせオーナーと同じくらいの地位にいる人物だ、コメントをもらえるならありがたい。
「いや、すみません。よろしくお願いします。すぐにお持ちします」
と、気を取り直した。そうだ、恥はどんどんかくべきだ。チャンスはどこにあるかわからない。この人との出会いが、もしかしたら何か意味があるのかもしれない。
「ありがとう」
男性は感謝を述べた。より、笑顔になる。
ジェイドは部屋を出て、急いで取りに行く。カルトナージュとショコラ。自分の答え。オーナーやアメリが最初じゃないのが申し訳ないが、もはやしょうがない。
「さてさて、どうなるかね」
カルトナージュを箱から出し、胸に抱く。オードの作ってくれた、託してくれた彼女の魂。ここからなにか始まるかもしれない。始まらなかったらごめん。その時は謝ろう。
「お待たせしました」
一分もしないでジェイドは戻ってくる。そして、そのカルトナージュをオーナーのテーブルに置いた。作品の名前は決まっている。必要ないかもしれないけど、最初から決めていたテーマ。
「これが春の新作、『マリー・アントワネット』です」
そう宣言し、ジェイドはカルトナージュをスッと押して、イスに座る男性に近づける。さぁ、やっちゃった。後戻りはできない。するつもりもない。
男性は首を傾げながら、まじまじと凝視した。そして深呼吸。
「……これ、ショコラ?」
当然の反応。ジェイドの方を見、どうしたらいいか戸惑っている。
少し落ち着きを取り戻したジェイドは、笑みを浮かべながら、冷静に対応する。そうなることはわかっていた。
「いえ? 『春の新作』です」
条件は『フランス』のみ。観光客向けであるとなおいい。必ずしも『ショコラを全面に押し出せ』とは言われていない。一応は問題ない。はず。
しかし、男性は頭を抱えた。まさかこうくるとは。評価が難しい。というか無理。なんて言えば、彼女の未来に繋がるのだろう。そんなことを考えた。
「ショコラトリーでこれは大丈夫? ロシュディは……うーん」
「ご安心ください。ちゃんと中にショコラは入っています」
そう言い、ジェイドが蓋を開けると、中から小さく、ひと口サイズのオランジェットが出てきた。カルトナージュは紙と布でできている。本来なら、溶けるような食品を入れるのは不可能。しかし、中に薄い紙を敷くことでカバーしている。
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