44話
「言っても、箱に装飾するだけよ? なにか箱に入れたいものあるの?」
「おっと、ショコラぶんのお悩み相談室はここまでだ。じゃあ最後にひとつ、オランジェットの耳寄り情報。知ってるかもしれないがね」
立ち上がり、腰に手を当てて、女性は舞台上のピアノを凝望しながら情報を提供する。なんとなく、心が満たされている。気分がいい。なら余計なことも喋ろう。
「なに? いや、あたしはショコラティエール目指してるわけじゃないから、たぶん知らないって」
正直、自分に教えられても、とオードは思う。家で作るわけでもないし、そういうのはジェイドに伝えてほしい。知ってる情報かもしれないけど。
「オランジェットは本来、水とグラニュー糖で作るのが基本だ。だが、場合によっては日本の『みりん』に漬けたりすることもあるらしい」
気にせず、女性は話を続ける。話したいから話す。お菓子は好きだから、少しは詳しい。豆知識。
「みりん? スーパーに売ってるけど、あれ?」
適当に聞き流すつもりだったが、気になる単語が出てきて、オードは食いついた。昨日、ジェイドが言っていた方法とだいぶ違うものが入っている。そもそも、みりんに漬けて甘さが出るのか?
「それ。本来、お菓子作りに使うものじゃないね。だけど、使ってみたら意外や意外、優しい甘さや、同じ発酵ゆえかな、ショコラとの相性もバッチリだったそうだ。普通にやっていたら思いつかないね」
「まぁ、たしかに。で、どういうこと?」
雑学としては面白いが、なぜ今?
その理由を女性は続けて話す。
「カルトナージュは誰にでもできると言った。でも、オランジェットとみりんのように、本来出会わなかったものをひとつにする人が、超一流だと私は思うね。キミもカルトナージュにとっての『みりん』を見つける旅を、続けたらいいんじゃないかな」
……なるほど、なんだろう、言いたいことはわかるのだが、ものすごくダサい気がする。同じお酒でもワインとか、カクテルとかだったらピッタリとハマる気がするのだが、みりん。でも、大事なものだ。みりんを探す旅。
「というか、キミのそれは悩みじゃないね。ただの意志表明みたいなものだ。キミは——」
「オード」
被せるように、オードは名前を告げた。あまり人と関わることは好きではないが、この女性とは、長い付き合いになりそうな気がした。
「オード・シュヴァリエ。あなたは?」
面食らったようではあるが、すぐに微笑んで女性は手を伸ばして握手を求めた。
「ニコル・フィ……カローだ。ニコル・カロー。もう行くよ。また会えるといいね、オード」
そう言って、階段を上がり、ニコルは扉から消えていった。
なにか目的があってここにいたのではないか、とオードは考えたが、もうなにもわからない。だが、収穫があったような気がする。
人とあまり関わりたくない自分ではあるが、やはりなんの責任もなく適当に話せるというほうが、自分には合っているかもしれない。言いたいことを適当に話せる。嫌われたくないとか、なにも考える必要がない。一期一会ってことで。
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