43話
いや、深く考えるのはやめよう。どうせ自分にはわからないし、どうすることもできない。彼女もただの世間話という感覚だろう。
「で? 悩みって? ショコラの代金ぶんは聞いてあげるよ」
と、すぐ近くの座席に女性は座った。横に座るようにオードにも促す。どこまでも自由に振る舞う。
オランジェット一枚ぶん。時間にしてきっと三〇秒くらいだろう。相談時間は相当シビアだ。
「だからあたしのじゃないってのに……」
とはいえ、いつまで経っても来ないジェイドを待っているだけというのもつまらない。自分も暇なんだな、とそこで諦めた。初対面の相手ではあるが、いや、むしろ初対面ゆえに少し話してみたくなった。どんな答えが返ってくるのだろう。無責任な答えに期待したい。
「……ウチさ、カルトナージュの専門店なんだけどさ」
「おぉ! いいじゃん、好き好きカルトナージュ。やったことないけど。さっきのも綺麗だったよ」
と、女性は素直な感想を述べた。本心だった。
「簡単な悩み。どうしたらもっと有名になれる? あたしはもっと、上を目指したい。カルトナージュ教室の『先生』じゃない、本物の職人として、でかい舞台で、カルトナージュの価値を高めたい」
対面で初心者に教えることも嫌いじゃない。ひっそりと気の向くままに作るのも面白い。だが、それ以上にオードはカルトナージュという、布と厚紙があればできるこの芸能に光をもっと当てたい。オードは『楽しい』で終わらせたくない。
「充分有名じゃない? フランスの伝統芸能といったら、カルトナージュは候補に上がるでしょ。海外だと、ハネムーンにパリに来て、カルトナージュの写真立てを自分達で作るっていう、観光プランもあるらしいし」
「そういうのじゃないんだよなぁ、なんていうかこう、でかい祭典とかだと、豪華な花を飾るじゃん? 有名な人だと、フランスはリオネル・ブーケとか。調香だとギャスパー・タルマみたいな。そういう、カルトナージュといったらあたし、みたいな存在になりたい」
女性の瞼がピクッ、とわずかに動く。暗いホール内では見分けがつかないほど、微細に。
「カルトナージュってのは誰でもできるもの。初心者用キットを買って、説明書のとおり作れば、初めてでもそれなりのものができる。コンテストとかないんだけど、その中で一番になりたい」
意志は決まっている。見えるもの全てが材料であり、見本でもある。角ばったもの、流線美のもの、全てカルトナージュで作ることができる。こんな素敵なものを、職業ではなく『生き方』として紡いでいく。死ぬまで店をやっていく、だけではダメな気がする。世界中に伝えるだけでもダメ。あと他に、なにをすればいい。
「強いね」
生涯をかけて貫き通すオードの決意に、神妙な面持ちで女性は返した。同じくらいの年齢で、どうしてこうも周りには、自分の方が恥ずかしくなっちゃうくらい、真っ直ぐな人間が多いんだろう、と苦笑した。
「……いつか、キミの力を借りるときがくるかもね」
『あれ』は作るだけじゃ満足しない可能性がある。素晴らしい入れ物も用意しておくに越したことはない。そう、心の中で女性は呟いた。
続きが気になった方は、もしよければ、ブックマークとコメントをしていただけると、作者は喜んで小躍りします(しない時もあります)。




