315話
という情報はまだどこにも出回っていないわけで。それをオードもなんとなくの空気で悟る。
「……それは……とんでもないことに……」
そもそも、そういえばちょっと前にこの老人は、ヨーロッパの各都市で香水の学校みたいなの作る、とかってネットのニュースで見た気がする。それはどうするんだろうか。どう、するつもりなのだろうか。
フランス中で悲しみに暮れる人々が出る。そうでればギャスパーとしても冥利に尽きるが。
「そこまででもないんじゃないかな。M.O.Fはたくさんいる。そのうちのひとりがいなくなるだけ。今から楽しみだね、余生ってのが」
M.O.Fである以前にひとりの人間。仕事以外で世界を回ってみたいし、グランドキャニオンとか金閣寺とか。
「じゃあ、ジェイドを選んだのって」
なんなの? 今の話からはオードには見えてこない。誰でもいい、それこそ世界に通用するような、そんなショコラを作るのであればわざわざあいつを選ぶ理由。
世界的な調香師、ギャスパー・タルマが示した、その可能性。
「ジェイドさんはね。化学反応なんだよ、ショコラ界にとっての。彼女のショコラからは『音楽』を感じる。音楽はね、いいよ。とっても。この世の全てのものが音楽で表現されたらいいのに」
ベートーヴェンが『音楽は世界を変える』と言ったように。カーライルが『音楽は天使達のメッセージ』と言ったように。ディーリアスが『音楽は魂の爆発だ』と言ったように。音楽は。無限だ。無限に広がり、人々に浸透して繋がっていく。
「……なら、あたしは」
なんとなく、蚊帳の外にいる気がしてならないオード。自分が必要とされる意味が。意義が。わからない。カルトナージュはフランスの芸術、ではあるけども。ショコラやら香水やらと比べても、どこか引け目を感じてしまう。作品に自信はあるが。




