313話
そういえば、とギャスパーは思い出したことがある。
「ジェイドさんからは『噛みつかれるかもしれませんよ』って言われてたけど、随分と大人しいね。緊張とか。ほら、ただのおじさんだから。ただの、知らないおじさんと美術館に来てるだけ。ね?」
それはそれで問題な気もするが、若い子の緊張のほぐし方はよくわからないからしょうがない。同じくらいの年齢の孫はいるが、参考になりそうにもないし。誰か教えてくれ、と切に願う。
会話を重ねて、徐々にオードは落ち着きを取り戻しつつある。一番緊張したのは、ここに来るまでの道のり。本人を確認するまで嘘なのではないかと疑っていた。
「……じゃあ質問を変えて。なんであいつ……ジェイド・カスターニュを選んだんですか? 言っちゃなんですけど……まだ学生で。ただのショコラトリーのバイトで。ただのやかましいやつで」
ただの厚かましいやつで。ただの迷惑なやつで。ただの……まぁ、他にも色々と悪いイメージのものがたくさん。そんなやつなのに。
初めて彼女に会った日のことをギャスパーは思い出す。本当に。数奇な巡り合わせ。
「まぁ、ジェイドさんになったのは偶然も偶然だね。なんかこう、出来レース的な? そういうなにかがあったわけではないし、もし会ってなかったら頼むこともなかったんじゃないかな」
そうなっていたら、きっと違った未来があったのだろう。この二人を除外した未来。それはちょっとだけ寂しいものかもだけど。
会っただけで見抜いた? そういえば、あいつも私のことを見ただけで気づいた。カルトナージュをやっている、と。あの瞬間から始まったオードの物語。
「芸術家の勘、みたいな」
残念ながら。あたしにはないもの。欲しいかと聞かれれば、そこまでではあるけど。




