303話
「ビートルズ、ですか。たしか以前はレディー・ガガ、でしたよね。リヴァプール……」
くらいしかユリアーネ・クロイツァーには知識がない。あとは四人組であること。イエスタデイ。イマジン。イマジンはジョン・レノン、でしたっけ。
部屋着兼寝巻き。それを身に纏ってベッドに腰掛ける。アパートの一室。天井を見上げる。手元のノンカフェインコーヒーの湯気が立ち上っていく。ライトが眩しい。眠気の混じった瞳には特に。
一九世紀後半から二〇世紀半ばに建築された、いわゆるアルトバウという自宅。以前住んでいた人物がかなりDIYをしていたようで、原型がどんなものなのか気になるほどに改造されている。真っ赤で様々な装飾のついた玄関ドア。リフォームしたアルトバウは、カラフルなドアが多い。気分が上がる。
同じく温かいノンカフェインの紅茶を嗜みながら、これまた同じく寝巻きのアニエルカ・スピラは同意する。
「そうっスね。ボクもよくわかんないんスけど、考えるの自体は楽しいです。それに、もしかしたら〈ヴァルト〉でも提供できるような新メニューに役立つかもですし」
そうして隣に座った。定位置。落ち着く。香りも味も。雰囲気も。
このように、二人は夜、どちらかの自宅でゆったりと過ごすことが多い。学校も同じで、どちらに泊まっても距離は変わらない。ベッドはひとつあれば事足りる。他愛のないことを喋る時間。とても大切で愛おしい。
いつも前向き。そんな姿勢は見習わないと、と決意すると同時にユリアーネには尊敬の念さえ。
「それはあるかもしれませんね。みんなにプラスになる結果にたどり着けたらいいのですが」
「マイナスでもいいんですよ。マイナスからゼロ、あるいはプラスになる楽しみがありますから」
コクッ、と紅茶をひと口飲むアニー。全身に染み渡る。今夜もいい夢が……たぶん見れる。といいなー。少し後ろ向きな願望の理由。それは、本人には言えないけど非常に寝相が悪いこと。そこも可愛いんスけどね。




