296話
《なるほど。流石にビートルズをチェロで演奏したことはないが、好きなバンドだ。手伝えるかは別として》
電話越しに明瞭な声を上げたのは、ベルギーはブリュッセルにあるルカルトワイネ学園に通う女生徒、フォーヴ・ヴァインデヴォーゲル。趣味はチェロ。特技もチェロ。寝る前に聴くのもチェロ。母親のお腹の中で聴いていたのもチェロ。たぶん。
その同郷の友人であるジェイド。趣味はショコラ。特技もショコラ。寝る前に食べるのも、朝起きて食べるのもショコラ。母親もきっと、制御しつつも妊娠中にショコラを食べていたに違いない。きっと。自室の二段ベッドの下段に腰掛け、枕元に置いた携帯のスピーカーで話す。
「手当たり次第、色々な人物に声をかけていてね。そのいいところを混ぜ合わせて形にするのが私の役割だから。優秀なコンサルタントが必要だ。フォーヴももちろんそのひとり」
自分が知る中で、一番クラシックというものに傾倒しているのは彼女。あとはサロメ・トトゥとか。ベル・グランヴァルもか。あとヴィズ。結構いるな。とりあえず、同じ音楽という括り。相談できる人数は多いほうがいい。
ビートルズといえば世界一有名な『ロックバンド』という認識だが、実は様々なジャンルの曲が作られている。音楽の源流であるブラックミュージックへ回帰する彼らの音楽は、当時では逆に新鮮に感じられるほどだった。
そして中期ごろからクラシックの色合いが濃くなってくる。メロディーと和音ではなく、複旋律となるいわゆる『対位法』。クラシックでよく聞く技法ではあるが、曲の進行に合わせてその密度が高まっていく。曲によっては、バロック時代の『ラメント・バス』という半音階的に下がっていく低音もバッハに近い。
ロック、ジャズ、ポップスなど多様な音楽を吸収し消化していく彼らの音楽。惹きつけられる理由のひとつでもある。




