294話
いきなりのことで、オードは頬杖をやめて背筋が伸びる。
「は? あたし?」
なにが? なにかあたしに繋がるとこあった?
「無垢に怖いもの知らずで突き進んでいるのか。それとも経験を繰り返して、自分の行動に疑いを持ち始めたのか。どちらも必要であり、バランスが大事だ。どちらかというと、今のキミは悪に染まりつつあると思うね」
つまりビセンテの言うそれは。虎になりつつあるということ。本当に正しいのかと余計に考えだしていないかということ。もちろんそれが正しいこともある。熟考は大事。だが、玉砕覚悟で突っ込むのも時には必要。
悪。あたしが。なんだかそれがオードの逆鱗に軽く触れる。
「……よくわかんないけど、これはケンカ売られてる系のやつ? あたしのどこが悪に染まってんのよ。真っ白。純白。白銀」
潔白。白亜。白亜は違うか。とにかく、まだ可愛い子羊寄り。肉より野菜が好きだし。
ほんの少し険悪な空気がピリつく。そんな中、ビセンテが「ふっ」と息を漏らす。
「なぜ悪が『黒』い色だと思った?」
「……は?」
またも意識外から殴られた感覚にオードは襲われる。悪? 黒? 黒……いっちゃ黒か。いやだってほら、そんなもんじゃない? 天使は白で。悪魔は黒とか紫とか。そういう強い色。
先ほどのグラスに氷を入れ、注いだウイスキーを客に提供するビセンテ。終わったところで口を開く。
「白い『悪』も、黒い『無垢』もある。凶暴な子羊もいれば、心優しい虎もいる。それが先入観というものだ。先入観は怖いぞ。視野が狭まる狭まる」
『傘を差している』と聞いたら天気は雨か? 晴れていて日傘かもしれない。イベントで空に掲げるのかもしれない。物事の本質を見抜く力。芸術とは。そこに宿る。




