289話
そこはまるでトンネルのような半円型の空間。奥の小さなステージにはドラムやアップライトピアノが置いてあり、客との距離や薄暗さからしてジャズバーということがわかる。
今は演奏もされておらず穏やかな店内。六席あるカウンターにひとり腰掛ける少女に対して、私服のバーテンダーであるビセンテはグラスを磨きながら問いかけをする。
「オードは『虎』の反対はなんだと思う?」
「……は? 虎? 虎ってタイガー? 虎がなに? 反対? 反対ってどういう意味の?」
ノンアルコールのカクテルをちびちびと飲みながら、つならなそうに頬杖を突いていたオード・シュヴァリエは顔を上げた。
バー、とは言っても隠れ家的な重苦しい雰囲気のものではなく、グラウンドコントロールと呼ばれる、使われていなかった建物や敷地を再利用する計画のひとつ。そのため、外には開放的なテラス席や屋台などもあり、まるでショッピングモールのような賑わいを見せている。
フードコートや古着を売るブティック。親子連れはもちろん、子供達だけでも遊べる一大施設。再開発のエリアであるため、いずれはなくなってしまうということもあり、今のうちにとパリの市民の集まる憩いの場となっている。
そんなこんなで少しずつ賑やかになりつつあるバー。現在は注文が入っていないため、比較的落ち着いてはいる。なのでなんの気なしにビセンテは話題を提供。
「イギリスの詩人、ウィリアム・ブレイクの詩によるとな。虎の反対に位置する生物がいるそうだ。ま、クイズだな。気楽に答えてくれ。どうせ当たらない」
首を振って未来を見通す。中々今の子達は詩とか読まないだろうし。




