287話
だが十二月のドイツ、となるととあるイベントがあることが影響しており、アニーの返事は晴れない。
《中々進まないっスねぇ。クルトさんもこの時期は相当に忙しいっスから。テュービンゲンの『ショコラート』も終わったばかりですし。早くても年明けから少しずつ、って感じかと》
ショコラトリーに向かっても不在で、まだほぼほぼ会えてないとのこと。何度か電話でのやり取り程度。
レンガ色の屋根が並び、中世の色合いを残すドイツ南西部の大学都市テュービンゲンにて、十二月の頭に五日間行われる、ドイツ最大規模のショコラの祭典『ショコラート』。世界各国から百名以上のトップショコラティエが集い、出店する。街全体が甘い香りに支配され、人々は酔いしれる。
それはジェイドの目指す目標でもある。いつかは自身の店を持って、と夢に見る。
「まぁそれもそうか。私も行きたかったんだけどね。ショコラの料理教室とか、ぜひ受講したかったよ」
それはいい刺激になるはず。脳の使っていなかった部分を起動させ、よりショコラの沼へ落ちていく。あぁ、なんて素敵なことなんだろうか。
声だけでも気分が上がっているのはアニーにもわかった。と、同時に羨ましくもある。
《いいっスねぇ。ショコラやコーヒーはそういう大会だったり祭典がありますけど、紅茶は茶葉の品評会とかしかないですから。ボクには縁がなさそうっス……》
悲しい。けれどもそれでいい、とも思う。誰が一番とかより、誰もが淹れられる紅茶で。美味しいと感じられるなら。それで。そのままでいい。茶葉はみんな違ってみんないいのだから。
「アニーならショコラはともかく、バリスタとしても面白いかもね。知っているかい? ワールド・バリスタ・チャンピオンシップでは、独創的なコーヒーを新しく作り出すんだ。似合ってると思うけどね」
いわゆるシグネチャーコーヒー。そういったものはジェイドもチェックしている。優勝や入賞して箔のついたブレンドの豆は、世界中で飛ぶように売れる。分野は違うが、そうなれればどんな景色が見えるのだろう。




