285話
でも今までもそうだった。マリー・アントワネットも。チャップリンも。オードリー・ヘプバーンも。全くなにも思いつかないまま走り出した。間違っていてもいいからとりあえずどこかに向かってみる。雪山で吹雪いてたら留まったほうがいい、とか聞いたことはあるが、パリだからここは。
だとすれば。自分にできることはひとつ。
《なるほどっスねぇ。ボクもビートルズはよくわかんないっスけど、なんか楽しそうですね!》
携帯から聞こえてくる声の主は、姉妹校であるケーニギンクローネ女学院の生徒、アニエルカ・スピラ・通称アニー。ベルリンにあるカフェ〈ヴァルト〉で働く少女は、明瞭な声で話に乗っかる。
電話越しにとはいえ、その明るさに圧倒されながらも、ジェイドはなにかモヤモヤとしていたものが吹き飛んでいく。
「楽しさ半分、怖さ半分。ついでに余剰で楽しさが入ってくるかな。果たしてどこに行き着くのやら」
まだ手探りで闇の中。だが、この子と話していると光が差し込んでくる気がする。なんの確信もないのに上手く事が運ばれていく。そんな気が。
向こうが留学で……とはいっても自身も留学中の身ではあるが、モンフェルナに来た際に知り合った。斬新なアイディアを〈WXY〉に持ち込んでくれた人物。ジェイドの血液がショコラで出来ているとしたら、アニーの場合は紅茶。
そのアニーの声色がコロコロと変わる。次いで不思議そうに。
《でもなんでボクなんですか? 面白そうっスけど、ショコラーデもビートルズも素人っスよ》
知識が紅茶に偏りすぎて、どんなものも結びつけてしまう。そういったことも相まって、他のことにはかなり無頓着。音楽もあまりよくわからない。ビートルズも名前だけ。




