283話
「ジョン・レノンはこう言っている。『人生とは。人生以外のことを夢中で考えている時以外にある』と」
それは寮の洗面台の鏡に写った自分へ投げかけた。もう何年も見知った顔。髪を伸ばしたことは一度もない。飲食をやるのなら。自分はそっちのほうがいい、と決めたあの日から。
洗面とカーテン付きのバスタブは同じ室内。ひとり部屋なので誰かが使うことはない。気兼ねしなくていいが、どっちが先に使うかとか、そういう相談もしてみたい。だが、間もなく同居人が来るらしい。嬉しいような悲しいような。
ジェイド・カスターニュにとって、ショコラは人生。ならば、偉大なミュージシャンの言葉を借りるならば『ショコラとは。ショコラ以外のことを夢中で考えている時以外にある』ということなのだろうか。
常にショコラに繋げてしまう脳。寝ても覚めても。ショコラ以外のこと、というのは案外難しいかもしれない。そういえばクラシックの作曲家、ドビュッシーは『音楽は音と音の間にある』というようなことを言っていた。それに通じることかもしれない。
ならば、ショコラを食べて幸せを感じ、更にもうひと口食べるその間。それもショコラということなのだろうか? 考えたこともなかった。味でも見た目でもなく。目に見えないもの。それがショコラ。それはショコラ?
「なんだかよくわかんないけど、たぶん深い言葉なんだろうね」
だってジョン・レノンが言ったのだから。勝手にショコラの話に軌道を捻じ曲げてしまったけど。そういえばベルが〈ソノラ〉も、花の『声』を届けると言っていた。
上手く自分自身を届ける。それは簡単なようで難しい。どこまで、どれほど、どんなふうに相手に伝わっているのか、こちらではわからないのだから。




