281話
ふぅ、と先ほどとは違うニュアンスの嘆息。リオネルは首を回し、両腕を上げてストレッチをしだした。
「そうか。せいぜい余生を楽しんでくれ」
ついでに欠伸。さて仕事でもするか。老人の戯言には付き合ってられん。やっぱり面倒ごとじゃねーか。呆れながら頭のスイッチを切り替える。
「まってまって。まだもうちょい。人はいずれ死ぬでしょ? 私はもう老人だからね。キミ達よりは近いってこと。全然、ほら今はピンピンしてる」
焦りながらギャスパーはちょっとだけ否定させてもらう。しんみりしてくれるかな、なんて期待した数秒前の自分を呪う。この子はこういう子だった。
疑い深くリオネルは一歩離れて様子を見る。たしかに今すぐに逝きそうな気配はない。荷物持ちとして手伝ってもらうか。
「心配して損した。どうせあんたはあと百年は生きるだろ。俺がM.O.Fを取得した時も爺さんだった気がするからな」
「心配してないでしょ。でも死ぬからこそ命は美しい。ココ・シャネルも言ってたろう? 『どう生きたか、ということは大した問題ではない。どんな人生を夢見たか、ということだけ。なぜなら、夢はその人が死んだ後も生き続けるのだから』って」
実際、ギャスパーの体に特別悪いところはない。生まれてこのかた裸眼で貫いてきているし、健康のためにランニングもたまにする。コーヒーの飲み過ぎくらい。
いつまでこの問答は続くんだ、と内心飽き飽きしながらリオネルは同時に驚き。
「夢? あんたからそんなメルヘンな言葉が聞けるとはな」
「私は世界で一番メルヘンチックで乙女だと思ってるよ。でもそうだね。キミと、あとロシュディや数人には教えておいてもいい、いや、教えておいたほうがいいかもね。あの子達のためにも」
音を香水する少女。そして花を音として奏でる少女。彼女達の成長には、このフローリストの存在が必要、とギャスパーは見立てている。それと……音楽をショコラとして捉えるあの子も。




