280話
凛とした教会内。冷たい空気。それすらもギャスパーにはどこか心地よく。
「ま、そんなキミだからお願いしたいことがあるんだけどね。引き受けてくれる?」
「やだね。面倒なことに巻き込むな。ウチのも」
「ウチの?」
白々しい。ギャスパーの穏やかな問いをバッサリとリオネルは棄却。
「ベアトリス。シャルル。あとベルちゃんとか。〈ソノラ〉と〈クレ・ドゥ・パラディ〉に関する人々。どうせロクなことにならない」
とりあえず手の届く範囲。普通にこのまま何事もなく過ごしていくのであれば、この老人の介入は不必要。今までに新作の香水のために手伝ったことはあったが、なんか今回は嫌な予感が強い。が。
「あー……はいはい……」
と、曖昧な返答のギャスパー。右から左へ受け流す。都合のいい難聴。
それはつまり。はぁ……と深いため息をリオネルは漏らす。
「……やってんのか」
もうすでに。いつの間に。だからこの老人は。
多少の申し訳なさを覚えつつも、ギャスパーは自分のワガママな興味を優先する。代わりにそれなりに報酬を用意するつもりではいる。
「まぁね。それとは別件だよ。今誘ってるのとは。色々プロジェクト抱えてるの。忙しいって言ったでしょ?」
出来る男だからさ。水面下では色々と動いている。香水もそうだけど。色々と。
そのまま数秒間、呼吸の音だけが場を支配する。よく冷えた十二月の教会の空気。それを肺いっぱいに詰め込む。少し痛いくらいの新鮮なそれを。
口を真一文字に結んだまま、リオネルの瞳ははるか先にある聖母の像を捉えている。そして同時にうっすら見えるキリストも。
「爺さん」
「ん?」
なにやらちょっとだけ真剣な口調に、笑みながらギャスパーは声を発した。そして。
「死ぬのか」
「うん」
リオネルの衝撃的な問いかけにも、感情の起伏なくギャスパーは肯定する。




