279話
それを要件と言うんだろうが。舌で口内をいじりながらリオネルは鼻で笑う。
「いい性格してるわあんた。で、なんだよ。わかってんだよ、悪いこと企んでんだろ?」
「ひどいね。この店は一般人を疑ってかかるのかい? ただフラッと立ち寄っただけの」
「あんたのその手には乗らねーっつの。フラッと立ち寄っただけのM.O.Fが悪巧みしてないほうが稀だな」
そのリオネルの答えはさすがに暴論だろう。と、他の友人であるM.O.Fをギャスパーも思い返してみる。が、たしかに言い返せないかもしれない人選。そういう人物だけがM.O.Fになれる? これも暴論。
「『芸術は、真実を悟らせてくれる嘘である』ってピカソも言ってただろう? 我々の仕事は嘘をつくこと」
つまり。芸術家のつく嘘は、とても素敵なものなんだよ。正当化してみる。
嘘には色々なものがある。相手を包み込むような優しい嘘。突き放すような冷たい嘘。プラスかマイナスか、という二極化は中々できない。人によって受け取り方も違うから、誰にでも通用するものでもない。
そんな中でも、一応はM.O.Fとしての矜持をリオネルは併せ持っている。
「真実とか嘘とか、そんなもんはどーーーでもいい。受け取った側が幸せならな。ピカソがなんと言おうが、勝手に主語をデカくしないでほしいね」
すごい人ではあるんだろうけども。残念ながら絵心的なものは持ちわせていない。なので反抗的。
「さすがフランスを代表するフローリスト。言うことが違うね」
こういうところが好きなんだ。ギャスパーの内心で評価がさらに高まる。分野が違うとはいえ、素直にリスペクトできる。
しかしその崇められているような『高み』。それはリオネルが嫌うものでもある。
「芸術とか。そんな高尚なものじゃなくて、生活の一部でいいのよ。その中でちょっとだけ特別」
誰でもできること。誰でもできるようになること。そういったものだからいい。誰か才能のある人間しかできないことなど、どうせ廃れてしまうんだから。ずっと花というものが、この国で咲き続けていてほしい。




