277話
パリ一区にある教会。ノエルが近づくこの時期は、多くの教会では様々な催しが開催される。クラシックの演奏であったり、讃美歌などを中心に、芸術を楽しむ人々で賑わう。
無料で行われるところも多いため、観光客や地元民は内容や時間を調べ、各々の目的地を目指す。そんな中でもここは一七世紀のバロック様式。宗教画や彫刻が燦然と存在し、上を見上げるとクーポールやステンドグラスが目に飛び込んでくる、カトリック系の『芸術家の教会』。
奥には聖母の礼拝堂。そしてさらに奥へ回廊を進むと、十字架にかけられたキリスト像。青みがかった光を当てられ、浮世離れした静謐さを備えている。
「あんたは一応、世界的な調香師ということになってるんだがな。暇なのか?」
奥行き百メートルをゆうに超え、無数の木製のイスが置かれた身廊。それを入り口付近から立って見渡しながら、男がひとり、愚痴をこぼす。どうやってこの教会を彩るか。それだけに集中したい。はずなのに、邪魔が入っている。今まさに。
男はリオネル・ブーケ。M.O.F。十区に自身がオーナーを務める花屋〈クレ・ドゥ・パラディ〉を持ち、パリどころかフランスを代表するフローリストのひとり。店で接客をするよりも、こうして各地に出向いて働いていることのほうが圧倒的に多い。ショーやイベントに文字通り花を添える。
その人物がここでやること。それはノエルの期間中限定の装飾。依頼を受けて足を運んだわけで。現在は、自分や搬入などの業者であったり、店の者以外の一般の人々は入れないようにしてある。にも関わらず。
「忙しい。すっごく忙しいよ。でも時間を見つけてこうして会いに来てるんだ。感謝の言葉が聞こえないね」
ギャスパー・タルマ。勝手にイスを移動し横に座ると、わざとらしく耳に手を当ててみる。そういえば最近はただ年齢相応の難聴も思い当たる節がある。もしかして言ってた? だとしたらごめんね。




