275話
「本当にあたしが担当するの?」
自分の気持ちを押し殺しながら、オードは再確認。本当であれば両親に今すぐ連絡して、お祝いの料理でも作っておいてほしいくらいだけど。まだ感情が追いついてこない。冷静な自分が自分じゃないみたいで。
その反応も折り込み済みのジェイド。自身がその立場でも、その惑いは理解できる。
「あぁ、確認したからね。キミのカルトナージュも高く評価している」
もちろん、一緒に作ってくれるのであれば心強い。すでに四作も共同で仕上げた仲間、だと思っている。言ったら否定されるのだろうけど。
少しずつ心臓が加速していくのがオードにもわかる。そりゃそうだろう。突如道が拓けたのだから。それでも。どこか心は跳ねず。
「……どこで見たの? 言っちゃなんだけど、怪しさしかないわ」
もっともな質問。隠すことなくジェイドは答える。
「初めて我々が作り上げたショコラとカルトナージュ。審査してくれたのがギャスパー・タルマ氏でね。えらく気に入ってくれた。らしい」
「らしい?」
「聞いた話だからね。運がいい」
まだ警戒心を解かないオード。そして、言葉に自信がないジェイド。どこか上の空。
微妙なその空気感の違いにオードはじんわりと気づく。いつものこいつなら。四割増しくらいで暑苦しいはず。それがない。ゆえに。
「ますます信じらんないわね。ありがたい話だけど。世界的な調香師が声かけてくれるなんて嬉しいことだけど。あたしみたいな知名度のない小娘に声かける? 普通」
だが。言ってから、オードは思い出したことがある。そういえば映画監督のリュック・ベッソンは、映画『トランスポーター3 アンリミテッド』のヒロインに、街角で出会った演技経験もない美容師を抜擢したことがあった。もしかしてアーティストはそういうの、案外あるのかも?




