274話
すんなりとテンポ良く進まない提案に、だんだんとジェイドの表情の雲行きが怪しくなる。
「おや、それは残念だ。断りの連絡は〈WXY〉のオーナーを通じてしておこう。いい話だと思ったんだけどね」
名を売りたい、と言っていたはずなのに。世界有数の調香師ギャスパー・タルマですらお眼鏡に敵わないと。それでこそ私の相棒。気位が高い。
「待て。待て、オッケー?」
違う違う、そうじゃ、そうじゃない。身振り手振りで落ち着かせながら、オードは頭を抱え込んだ。一旦。一旦深呼吸。まとめよう。
自分としては、今回もショコラのカルトナージュ……をやらせてもらえるとは思ってはいたけど。当然のようにこの位置にいることに、なんの疑問も持っていなかったけど。それは……香水のほうは、自分がやっていいことなのか。
ギャスパー・タルマはもちろん知っている。というか、香水も持っている。ロシュディ・チェカルディも知っている。両方ともにM.O.F。その繋がりで、こいつがそんな大役を任されるのも、なんか悔しいけどまぁよしとする。運とコネ。大事大事。
こいつのショコラ作りを手伝うことはまぁいいとして、それはあくまでしっかりとした『囲い』があって。自分達だけ、まわりの数人だけで楽しんでいるような。ともかく、名前を売りたい、と思ってもそれには心の準備が必要で。それはまだ出来ていなくて。
最初に出会ったのはまさにここ。変なヤツに声をかけられた、逃げよう、としか。そこから二ヶ月くらい。なんか、すごいことになってない……? もしかして、信じたくないけど幸運の女神的なヤツ? あたしにとっての。
ジロジロと見つめられているジェイドだが、悪い気はしない。
「待つよ。待たされるのは好きだからね」
しかし。
一歩引いて街を見物する余裕もある。余裕もある、というより。嬉しいのは嬉しいのだが。なんでだろう。
心が。湧き立たない。
一緒にひとつのショコラとカルトナージュを個人的に作り上げているほうが、脳が回転している気がする。吹き抜ける風が冷たい。




