272話
「『ルーシー・イン・ザ・スカイ・ウィズ・ダイアモンズ』。知ってるかい?」
目をぐるぐる回しながら、自分の内部を探すオード。しかしその曲は見つけられず。
「……いや、知らない。『ヘイ・ジュード』とか『ヒアー・カムズ・ザ・サン』とかなら他にもわかるけど。どんな曲だっけ」
あとは『ヘルプ!』とか。あれ、結構知ってんじゃんあたし。さすが。いや、さすがなのはビートルズか。そんなに詳しくなくても体が覚えている。
ジェイドの瞳は街を歩く親子を捉える。父親と、まだ幼い娘。プレゼントでも買いに来たのだろうか、楽しそうな雰囲気を纏っている。
「映画『アイ・アム・サム』で使用された曲だね。主人公のサムと、娘のルーシーのハートウォーミングな映画さ」
大人になって、子供が生まれてから改めて観ると、より深く染み込むらしい。その感覚は自分にはまだわからないけど。
「観たことないわ。で、香水のためのショコラなんて、見当ついてんの?」
一聞いたらこいつは十、余計なことが返ってくる。それはオードにもわかっているので、サクサク話を進める。
いつもなら「さて」と言いながら、誰からヒントをもらおうか悩んでいる最中のジェイド。上司だろうが初対面の相手だろうが、人類みな兄弟。もらえるものはなんでももらう。が、今回は少し違う。
「あぁ、もうすでにね。九割がたは決まってる。あとは煮詰めるだけ」
風になびく髪。その揺れ方にも余裕が見え隠れするようで。
「早いわね。なにか裏でもあるの?」
「失敬な。私は使えるものは全て使う主義なだけだ。自分ひとりで完結できるならそれに越したことはない、と思っているよ」
疑いの眼差しをガラスを通して向けるオードだが、それを微笑みながらジェイドは背中で受ける。チクチクグサグサと刺さっているのは承知。たしかに今まではそんな風だったことは認めよう。




