270話
「ビートルズ? ビートルズってあの、ジョン・レノンとかリンゴスターとか?」
パリ七区。かのルイ一六世の王室薬剤師が開いたショコラトリー。フォーブールサンジェルマン界隈にある、世界的にも有名なその場所で、外からショウウインドウを覗き込みながら、白い息を吐くオード・シュヴァリエは難しい顔をした。
目線の先には、今まさにというノエルを彩る赤緑白の三色をメインにした装飾箱『カルトナージュ』。そしてその中身のショコラが目を引くように陳列されている。味も見た目も最高級。うーむ、やはりここのディスプレイは心が潤う。
彼女はフランスの伝統装飾技術である『カルトナージュ』専門店のひとり娘でもあるため、そして自分の趣味でもあるため、ちょくちょくそういう目線でパリの街を楽しむ。特にここのカルトナージュは。定期的に変わるここは。お気に入り。
でも自分の技術が負けている気はしない。そう信じ込む。憧れていたら超えられないから。いつか、ここの場所を奪うつもり。つもりだけど、どうやればいいのだろう。わからないので、いつかこの店に持ち込んでみようか。自分の作品。
それとは正反対。背中合わせでジェイド・カスターニュは向かいの通りの店、もしくは歩く人々、もしくは木々。それらをぼんやりと見つめる。
「なるほど。リンゴの香りもいいね。ポム・ダムール。うん、作ってみようか」
帰りに材料を買って帰ろう。たまにはショコラ以外もいい。料理そのものが好きだ。食べてくれる人、いないかな。今、このまま後ろに倒れたら彼女は支えてくれるかな。会話に集中していない。
「いや、回答になってない」
ポム・ダムールはりんご飴。血液までショコラでできているこいつが、全く違うものを作ろうとしているだなんて。瞬時にオードは異変に気づく。いや、別に気にしてないけど? なんか気持ち悪い。気にしてませんけど?




