268話
「ショコラの香りがする香水は数あるけど、そのどれとも違うものが作りたくてね。ほら、ショコラにも色々あるじゃない? フルーツ味のとか」
香水界のニコラ・テスラと呼ばれる魔術師が求めるもの。それはシンプルでありながら、さらにその先を行くための魔法。
たしかにプラダやエルメスの香水の中に、ショコラの香りがするものがあった。食べ物以外でも、関することであればジェイドも知識としては知っている。
「ありますね。つまりは香水とセットで販売するショコラを私が作る、ということ」
即座には全く解答が出せないけど。考えてみる価値はあるのだろう、なんて程度には興味はある。意外と興奮せずに冷静な自分に驚いた。M.O.Fが仕事をくれるというのに。ピンときていないのかもしれない。
理解が早くてギャスパーにとっては助かる。が、それでは完璧ではない。
「半分正解で半分ハズレ。今回のテーマは『音楽』。聞いてるよ、映画の音楽をショコラにしてるって」
正確には、聞いてるし見てる。ロシュディから画像も送ってもらって。非常に面白い。映画の音楽というところに目をつけて、ストーリーをなぞる様に。ひとつひとつに意味がある。
どこまで自分の個人情報が漏れているのだろうか、と前向きな思惑に支配されつつもジェイドは静かに肯定。
「……まぁ、そうですね。まだ目に見えて実績は残せていませんが。趣味の一環みたいなものです」
ちょっとだけ謙遜。趣味、ではもちろんあるが、それと同時に叶えたい夢でもある。その背中がようやく。前方一キロ先くらいに見えてきた、気がしないでもない程度には。
「それでいい。どんなものも趣味くらいがちょうどいいんだ。仕事にするもんじゃあない。のめり込まないからこそ、見えてくるものがある」
長いこと続けてきたからこそ、ギャスパーにも下の世代に伝えられることもある。気合を入れて熱心に作り出すより、ダラダラと惰眠を貪っている時にいいアイディアが出てきたり。案外、堕落は必要不可欠なもの。




