263話
それはオランダはアムステルダム美術館から門外不出の最高傑作。アルファでありオメガである。レンブラントが全てを注ぎ込んだ傑作であると同時に、彼が新たな領域に足を踏み入れた始まりの絵。
多くの人物が描かれた肖像画。だが、それまでは言ってしまえば雑誌の表紙でもあるかのように、ポーズをとって描かれているものがほとんどだった。しかし『夜警』は、それを壊したとも言われている。
「そういうものなんでしょう。あまりにも超越しすぎると、もはやその枠からはみ出してしまう。私がもし、究極のショコラを作り出せたとしたら、それはもうショコラではないのかもしれない」
やれやれ、とでも言うかのようにジェイドはため息をついた。あまりにも遠すぎて。広すぎて。どこを目指せばいいのかもわからなくなるほど、疲れる人生なのだろう。だから面白い。
なにをもって究極とするのかは不明。味? 見た目? それとも賞を獲得したり、歴史に残ったら? どれでもあり、どれでもない気がして。
超越。枠。初めてギャスパーの意識が『広つば帽の男』から外れる。
「なら、究極の香水も香水ではないと?」
「かもしれませんね。もはや視覚に浮かび上がってくるとか、音として表現できるとか。そういう類なのかも」
毒々しい色をした食べ物が食欲を減退させるように。高い音が味覚を刺激するように。曖昧な五感は繋がっているのだから、とジェイドは肯定する。想像など飛び越えてくるから究極なのであって。想像できないから至高なのであって。
なにかピンとくるものがあるのか、ギャスパーは悩みだす。
「音、ねぇ……」
ならダヴィンチの『モナ・リザ』も。アインシュタインの『相対性理論』も。感じる人には香りや音として捉えられているのかもしれない。自分には。そんなものない。羨ましい。
ヒールの音。話し声。そういったものが二人の間を飛び交う。静寂。ただ、豊かなヒゲの男を見つめる贅沢。充足感。




