260話
そういう喜ばれ方をするとは……と首を傾げつつも、それもベアトリスには新鮮に映る。
「……流石に詳しいな。誰もぱっと見で気づかなかったわけだが」
そもそもそんな楽しみ方をする人にあったのは初めて。変わったヤツだが、我々も花を見ると産地などを考えてしまう。似たり寄ったりだと諦めた。
その中でも金管楽器のように開く、紫色の花が気になったオード。控えめが占めるアレンジメントで一番目立っている。
「このトランペットみたいな花もいいね。これは?」
よくわからないが、メインとなる花なのだろう。なんとなくそんな気がする。
聞かれるとは思っていた。むしろ、これがあるからこのアレンジメントを選んだベアトリス。この見た目からは絶対に想像はできないだろうけど。
「アガスターシェ『アリゾナサンセット』。澄んだ心、という花言葉。また来るといい、クッキーを作ったヤツも一緒に」
オレンジとか赤ならわかるが、紫が日没とは。最初に名付けた人はなにを思っていたんだろう。だが、こうやって考えさせられている時点で狙い通りなのかもしれない。その人がそう思ったなら、それでいい。
変なの。でもハートを歪にしてる自分に言えることではないか。今日もひとつ、勉強になったところで今度こそオードは帰宅。あいつと一緒に、というのだけは守れそうにない。
「そりゃどーも。じゃ、ありがたくもらってくよ」
そのまま外に出ると、思ったよりも寒さを感じることはなかった。精神的な余裕なのか、花のために店内が涼しめなのかはわからないけど。力強い歩。さて、これを持ってると寄り道もできない。日も暮れてきたし、まっすぐ帰ろうか。
見送った店内では、ひとりベアトリスが残ったクッキーをもう一枚。最近はショコラをもらうことが多い。あって困るものではないが、持ってくる人間達がある意味で厄介。
「……美味いな」
もう二枚、三枚。滑らかに消えていくショコラを舌に染み込ませながら、目の前の見えない鍵盤を叩く。曲名は『アイル・ネヴァー・ラヴ・アゲイン』。店内に誰もいないことを再確認し、安堵しつつ歌声を紡いだ。




