257話
それを言われては、握る拳の力を弱めるしかない。勢いよく飲み干すワンディ。わかってはいるがこれも、適当に入れたようでしっかりとプロの技。グラスを冷やしたり、硬い氷を使うことで溶けすぎず長い時間でも美味しく飲める。
「それとこの布。これもそういうことだろうね」
ついでに言及するのは、バラの柄と音符の柄の布。これらは最初と最後に描かれている。
これについてはジェイドもそういうことだと理解している。箱を持ち上げてみて再確認。
「でしょうね。最初の出会いはアリーが『ラ・ヴィ・アン・ローズ』を歌っているところで、ジャックにとって音楽は『オクターブの一二音の繰り返し』。まさに始まりと終わりを意味しています」
だからオードのことは好きなんだ。面白い観点を持っている。口では悪態をついてくるけども。
その後、ショコラをつまみながらも時間を経るにつれて客数が増えてくる。休日ということもあり、アマチュアミュージシャンが備え付けのドラムやピアノでジャズを奏でることに。
「じゃ、そろそろ行くわ。ごちそうさま。なんか調子でないわね」
アルコール不足に不貞腐れながら立ち上がるワンディ。このまま〈WXY〉へ。優秀な店員が二人増えたとはいえ、さらに忙しくなる時期。しかも香り付きのショコラなんてものを考えついてくれちゃったもんで、余計に手間がかかる。売り上げは上がるけど。
「ちゃんと料金は払っていけよ。ビジネスなんでな」
そこに追い打ちをかけるようにビセンテがしっかりと仕事をする。もちろんジェイドのぶんも。さらに追加で飲んだノンアルコールカクテル。結構飲んでる。
目を瞑り、天井を見上げて電球のスポットライトを浴びるワンディは、そのまま昇天していきそうな雰囲気を醸し出しつつも、肩を落としてそれに応じる。仕事前に色々と脱力することが多い。
「……年末が近づいてくるのに財布が軽いね」
明らかに人生のやる気を無くしてしまったようで、今日は皿を何枚割ってしまうかを先に心配する。
そんな上司の姿を見て、奢ってもらったジェイドは申し訳なさが勝つ。
「すみません……いつか仕事でお返しします……」
と誠意を見せるので精一杯。喉を通り抜ける『アリゾナサンセット』がより冷たさを感じた。
だらしなく口を開き、半目になりながらも気丈にワンディは振る舞う。
「あー、いいのいいの。『ムーン・リバー』が年末商戦で大きく売り上げ伸ばせば御の字だから」
うー、と小さく唸りながらコートのポケットに手を突っ込む。できるだけ外気から身を守って店まで行かねば。




