255話
他のお客に提供しながらも、軽くは二人の会話を耳に留めておいたビセンテ。バーではだいたいの感覚で注文されることが多いので、ある意味ではアドリブ力は非常に大事になってくる。
「ちょっと待ってろ」
映画や映画俳優をモチーフにしたカクテルは多い。『ゴッドファーザー』であったり、女優の『シャーリー・テンプル』など、多岐にわたってイメージされた味を作り出してきた。なら今回は? さて、なにを作る?
「すみません、忙しい時に。ぜひビセンテさんにも食べていただきたくて。オードもお世話になってるみたいですし」
そこにジェイドが謝罪を差し込む。出来上がったばかりのショコラは、お世話になっている人にまず食べてもらいたい。本来であれば忙しくない時間帯に渡したかったわけだが。
「まぁまぁ。これがこいつの仕事だから」
なぜかワンディがこの時間にここを指定してきた。シフトは……まぁ、なんとかなるだろう。それよりも酒。酒は何よりも優先される。
ボトルを選びながらビセンテは後ろ向きで返事を返す。その他、足元の小型冷凍冷蔵庫。ここにも材料が。
「ただ世間話をしただけだ。役に立ったのかどうか、そこまでは関与していない。なにか閃いたのであれば、それはあの子の力だ」
大人は気づくようにそれとなく道を示す程度。気づいて力にするのは本人の努力。ゆえに、なにもしていないに等しいと自負している。紙とペンを貸しただけでモナリザの絵を描けたなら、それは描いたヤツがすごいだけ。
そしてここに酒の待てない大人がひとり。
「で? どんなのにするのかは決まった? ねぇ、決まった?」
待ちきれない、と足をバタバタさせるワンディ。予想はしてみる。やはりキリッと鋭さのあるジンベースのなにか。いやいや、ドシンと重めのウォッカもいい。
そんな意見は無視しつつ、機械のように正確にビセンテはコリンズグラスを取り出し、一度氷のみ入れてステア。溶けた水のみ捨て、これを二人ぶん。
「できるぞ」
そうして投入していくのは、オレンジジュース、ソーダ、グレナデンシロップ。それぞれ適量で大雑把。本来は測ったほうがいいのだが、これもこれで違いが出て美味しい。ストローと、あればフルーツでも飾るといいのだが、あいにくそんなものはない。
スマートに出されるでもなく、ドカッ、と力強く差し出されたグラス。それを目にしたジェイドは恐る恐る声を小さくした。
「……あの、これって」
「ちょっとマスター。これ、アルコール。入ってないんじゃない?」
予定とは相当に違ったカクテルが提供されたことにそれなりの不満。色々と迷惑をかけていることを忘れたかのように、鬼の形相でワンディは詰め寄る。飲めないとわかった時は一番厄介。




