251話
「ま、あたしもよくショコラについてはわかんないんだけどね」
軽く聞き齧っただけだから。上手く説明できるかオードにもわからないが、とりあえずやるだけやってみるか。肩の力を抜いてこちら座る。
一旦、じっくりとカルトナージュを見つめるベアトリス。ハート……ではある。単純にもっとピンクとか赤とか、派手にすればいいのにとも思うが、色々と考えさせられる色合い。意を決して蓋を開ける。すると。
「これは——」
「まずはカルトナージュから。表現したものは『不揃いな愛』」
出てきたものは、真ん中を仕切りでわけた箱本体。形の通りハート型なのだが、本体の側面、つまり縁。オードが『不揃い』と称したのはこの部分。
右半分。ハートの下部からカーブしつつ上へと側面が続くが、描き始めから段々と高さを増していく。上部へと到達したところで最大の高さ。最初は三センチほどの高さだったが、最後には八センチほどになっている。左半分はその真逆。上部から下部にいくにつれて低くなる。
珍しい形だ、とベアトリスは一瞬思考を止めた。なにか訴えかけられるような。その圧。
「なるほど。たしかにこれは歪さを感じる。まるで二人の愛が高まるほど、なにか逆に失っていくような。ハッピーエンド、とはいかない、いわば写実的な」
喜びの裏で誰かの悲しみがあるように。なにかが潜む、リアルな愛。
感想が独特なタイプの人か、とオードは評価しつつ、気を取り直してそこからの解説。オリジナルの商品。予定。品評会にでも出ているかの錯覚に陥ってきた。
「写実的、かはわからないけど。表面は間違いなく理想なんだけど、奥には葛藤や誤解だったり、理想とはかけ離れた部分もあって。でもそれが本当にお互いを知ることだったりして。心にモヤモヤと残る、そんなカルトナージュを目指してみた」
カルトナージュは箱。箱の形で自分の想いを伝える。他の人があの映画をどう捉えたのかは知らないけど。一番離れたところで同じ高さに立てて、近づくにつれて二人の視線が変わる。自分にとってはこれがアリーとジャックなんだと思う。
無論、今日初めて会ったばかりのベアトリスには『アリー スター誕生』のことについて知る由はない。だが、なんとなく反比例した恋愛映画のようだ、と自然に解釈できた。
「……いいな。受け手に考えさせる。そういう作品は音楽であれ、映画であれ、絵画であれ、後世に残り今でも議論される。無論、花もカルトナージュも」
自分もこうありたいものだ。戻るべき初心のような。そんな満足感を得た。
「……それは褒められてる、ってことでいいんだよね……」
難しい表現を使われたような気がするが、表情からしていい方向に進んではいる、とオードは受け取る。嬉しいとか、恥ずかしいとかではなく、評価さえも頭を使って受け取らなくてはいけないのか。
ふぅ、とひとつ息を吐いてベアトリスはひと段落つける。まだ箱の蓋を開けただけ。それなのにこんなに喋った。
「どうだろうな。言葉の裏になにか隠れているかもしれない。それぞれが違う受け取り方をしていい、ということだ」
人によってはダメ出しと認識する人もいるかもしれないし、賞賛となるかもしれない。まとめるとこういうこと。好きにしてくれ。
結果、よくわからないので前向きに捉えるオード。よくわからないは、自由にという解釈。
「まぁ……じゃ、あたしは褒められてる、ってことで……」
「それで? このクッキーは?」
そして話題は次の、メインとなる食べ物のほうへ。呆れながらベアトリスが右側のものをひとつつまむ。
ここからは専門外。頭に刻み込んだ情報を読むだけにオードは移行する。言葉は全て聞き齧り。なんだっけな、と心の中で咳払い。
「あ、あぁ。あたしも聞いただけでしかないんだけど、そのクッキーは——」




