247話
少しの沈黙。何度も瞬きを繰り返し、ついにオードが口を開く。
《……あたしも渡したい人がいる。二個ぶん用意しておいて》
今回の件でお世話になったし。話も面白かった。そのお礼と言ってはなんだが。それくらいはやってもいいだろう。
「それと——」
言葉を詰まらせるジェイド。若干言いにくい、というのを理解しているらしく、唇を突き出したりして唸る。
《?》
もうそろそろ通話を切りたいオード。いや、切ろう。そして画面をフリックしかけた瞬間。
「もうひとり渡したい人がいる。合計三個だ。よろしく」
いやに早口。勢いで乗り切ろうとするジェイドだが、顔がひっそりと苦々しいものになる。
ということは。オードはそれが意味することを端的に述べる。
《……増えてるけど》
あと二個作れと。というか、今までのやつってどこにあるんだろう。持って行かれて、親とかにも見せてないんだけど。
つい言ってしまったものはもうしょうがない。観念してジェイドは内訳を説明する。
「あぁ。オードのカルトナージュ。私のショコラ。ぜひ持って帰ってほしい人がいてね」
今回のショコラには欠かせない人物。その人にぜひ、帰りの列車内ででも食べてもらいたい。
実はベッドで横になっていたオード。いきなりの追加注文に白目を剥きそうになる。
《……また日を改めて》
今はもう厚紙と布は見たくない。好きだし仕事ではあるが、そういう時もある。
「今週いっぱいで帰ってしまうだろうから、早めに頼む。何気に時間は……ないね」
今週いっぱい、とまるで期限まで少しあるようにジェイドは言い放つが、日付変わって明日日曜日まで。それまでにカルトナージュとショコラを作り、多少のラッピングもする。以上。完璧なプラン。
全てがトントン拍子に話は進んでいく。まるで片側の意見は無視するかのように。しかしそのオードからしたら、どうしても念頭に置いておかなければならないもの。
《忘れてるかもしれないから言うけど、あんたからの依頼ってことでしっかりと二個ぶんはお金はもらうから。そっちのショコラ代は払うけど》
人件費、材料費、迷惑料、急ぎ料金、その他諸々。一ユーロだってまけるつもりはない。むしろ色々と増やしていきたいぐらい。
今度は真一文字に結んだ口元。様々な感情が入り乱れるジェイドには、お金に関することとなると旗色が悪い。なにせ学生のアルバイト。そこまで稼ぎがあるわけでもない。
「……やはり抜け目がないね。それでこそオード、だ」
その妥協を許さないところ。そこがまたいい。厳しく律するところは律する。職人とはそうあるべき。だから信頼できる。
値段はあとで決めるとして。やることは決まった。であればオードのやることは。
《じゃ、おやすみ》
今度は反論される前に通話終了。スッキリとしたところで今日はよく眠れそうだ。ただあと三時間後くらいには起きなければならない。さて、どうなることやら。
すでに待ち受け画面に戻った携帯を見つめ、液晶のライトに照らされたジェイドの瞳は力強く冴えてきた。
「切られた……まぁ、私の場合は多めに焼くだけだからね。こうなったらこのまま仕上げてしまおう」
反動をつけて勢いよく飛び起きる。ひとり部屋でよかった。相手を起こす心配も、気にせずキッチンも使える。この多少の興奮が、今から焼くクッキーに混じってほしいようなそうでないような。




