238話
ラテアートももっと勉強しなければ、とユリアーネは覚悟しつつ、そうなると自分も張り切らねば。
「ありがとうございます。では私もお返しに、さっき言ってたハンドドリップのコーヒーを」
手はかかるが最高に可愛い。微粉のひと粒まで愛おしい。それがコーヒー。
まぁ、ワークトップに揃えられた器具を見たら、そうなるだろうという予測はジェイドにもついていた。それでもここ最近は使っていなかったこともあり、声が弾む。
「本当に? 楽しみだ。エスプレッソマシーンがあるとなかなか作らないからね」
忙しさや手間にかまけて、ボタンひとつで美味しくできてしまう。時代を逆行するような、じっくりとした時間の贅沢な使い方。今の自分に必要なものはそれかもしれない。
道具一式を見ているだけでも、豆の香りを嗅いでいるだけでもユリアーネにはマイナスイオンが感じられる。
「エスプレッソにはエスプレッソの。ハンドドリップにはハンドドリップの良さがありますからね。お借りします」
ラテのお返しであればありがたく受け取ろう。遠慮なくジェイドは任せることにした。
「よろしく。えーと、豆は——」
「豆は持ってきています。エチオピア産のリムコーヒー。これもフルーティかつ、ほんの少しカカオの風味がするんです」
どこからともなく出てきた未開封の袋を手に持つユリアーネ。シルバーの袋に入れられ、しっかりと直射日光を避けている。
日常的に持ち歩くものではないはず。ジェイドの目も点になる。
「……アニーももだけど、ユリアーネもだいぶ……」
ベルリンのカフェの店員はどこかひとつかふたつ、ネジが外れているのかもしれない。もしくは集中力。のめり込む好奇心。
「はい?」
なにかおかしいところが? そんなユリアーネの表情。どんな時でも飲めるように持ち歩くのは普通ですよ?
「……いや、頼む」
人それぞれ。自分もきっと、なにか奇異の目で見られている部分もあるかもしれない、と潔くジェイドも認めた。
とはいえ、他人の家で淹れることもユリアーネにとってそんなに多いわけではない。せいぜいアニーの家くらいなもの。使い慣れている道具でもない。多少は緊張する。
「ではまずグラインダーで挽いていくわけですが、二杯ぶんだとお店ではどのくらいの量でやっていますか?」
そこの確認から。ウェイトレスはやっているが、キッチンまではわからない。量については自分なりの方程式、みたいなものがある。




