235話
重苦しい沈黙。打破する方法をユリアーネは提案。
「……コーヒーでも飲みましょうか」
自分にできることはなんだ? そう考えた時に浮かんでくるのはコーヒーのこと。というよりも、どんな時も最終的にその場所に落ち着く。
たしかに。どんどんと視野が狭まってきていることにジェイドもうっすらと気づいていた。パンパンに張り詰めた空気を一度抜くことも大事。
「そうだね、もしかしたらそこからなにかヒントが得られるかもしれないし——」
「一度、ショコラーデのことは忘れましょう。一面ばかり眺めていても、反対側は見えてきません」
勝手だとは思いつつも、やることを決めたユリアーネは戸棚を漁る。道具。きっとあるはず。
どちらかというとおっとりとした彼女の、ハキハキとした機敏な動き。ジェイドの心にチリチリとした焦燥感。
「……そういえばエスプレッソにラテアートをしたことが、ユリアーネとの出会いだった。すぐに淹れるよ」
そこから全てが始まった。なんだか遠い過去のことのよう。新しい出会いも多く、引き出しにしまいきれないほどにたくさんの考え方や解決法をもらった気がする。
しかしひと通りの道具は揃えたユリアーネは、一度確認する。ドリッパー。フィルター。グラインダー。メジャーカップ。サーバー。デジタルスケール。あとはコーヒーカップとケトル。ソーサーは……いいか。
「……コーヒーって、心筋梗塞のリスクを下げるとか、消化を促進するとか、様々な効能が言われていますけど、私はそれよりも大事なことがあると思うんです」
袋を開けると、豆のいい香りがキッチンを泳ぐ。生きている、と実感すると同時に、生きていてよかったと感謝する至福の時間。
「? ユリアーネ?」
コーヒーにそこまで思い入れたことがなかったジェイドは、次の言葉を待つ。自分にとってのコーヒーは切り替えのスイッチ。脳の。体の。心の。大事といえば大事……か。
それとはまた違った観点。ユリアーネは思考だけ一歩先へ。想像力が働く。
「淹れている間の、世界が止まったような静けさ。ジェイドさんが言っていた、いい絵画に巡り合った時と同じようなことだと思うんです」
だがある意味ではスイッチの切り替えに近いかもしれない。それまでの事を隔離・分断してまっさらな状態へ。流れを一新して、肺の中の空気を全て押し出す。
「そう、なのかな。それでどういう——」
「ハンドドリップで淹れてみませんか? ボタンひとつで出来上がる便利さも好きですが、手のかかる不便さも愛おしいものですよ」
確認を取るユリアーネだが、すでに準備はできている。自然と手が動いた次第。




