234話
もちろんその考えはジェイドも一緒。食べてハッピーになってもらえれば。それが最高。しかしこの絵とは深い部分で同化を望んでいる。
「初めて見た時の衝撃が凄くてね。事前情報も頭に入れていたし、絵自体もネットや本などで知っていた。だが実物は全く違ったよ」
モンフェルナに来る前。ブリュッセルの美術館にかつて展示された際に見た。
すでに想像だけで怖いユリアーネ。喉が渇く。
「実物……」
複製ですらできれば見ずに生涯を終えたいくらい。本物はジェーン・グレイの怨念さえも感じそう。
ふと、両手を確認するジェイド。小刻みに震えていることに気づく。それもそうだろう。思い出すだけで、自分がそこにいるかのような、目の前で今から首が落とされるような。
「……圧巻……という言葉だけでは表現できないね。今でも覚えているよ、縦二・五メートル、横三メートルしかないはずの絵が、まるでその五倍はあろうかというサイズに感じられたんだ。その絵の中に入り込んでしまったのかと錯覚するほどに」
構図も。モチーフも。なにもかもが体を侵蝕した。すぐにここから逃げ出したい足と、ずっと見ていたいと留まる足。もっと近づきたい。ここから離れたい。毒であり薬。はっきりとなにかが変わる瞬間を感じることができるのは、そう多くない。が、まさにこれが。
「つまり、ジェイドさんはショコラを通して、食べた人にそのような衝撃を与えたいと」
記憶に残るような。そういうものを生み出したいということ。そうユリアーネは解釈した。
そしてそれは間違っていない。ジェイドがこちらの世界に戻ってくる。
「流石に察しがいいね。その通りだ。あの瞬間、音が消えたのも覚えている。美術館なのだから静かなのは当然なんだけど、それだけじゃない。他の人も感じただろうね、絵の持つ力のような、なんとも表現し難い重圧を」
もし、なんの前情報がなくても。きっと探し出して脳裏に焼き付いていただろう。それほどまでにドラローシュの絵画には魔力が宿っていた。
言いたいことは非常によくわかる。そんなふうに、食べた人にずっと覚えていてもらえるようなものを提供できたら、というのはユリアーネも同意する。が。
「しかしショコラですから、もっと気楽に食べられる、ということも大事ですね。処刑というのも、なんとなく重苦しさが……」
やっぱりもっと明るくいきたい。ホラー映画ですら避けているのに。
天井を仰ぎ、ジェイドは目を閉じる。電球に照らされる。眩しいはずなのに先が暗闇というもどかしさ。
「そうなんだよね。だが、感覚としてはそんな感じだ。やれやれ、糸口のようなものすら見えない」
掴んだと思っても、それが氷のように溶けてしまう。濡れた手からひんやりとした感触が体全体に広がっていく。




