233話
などという警戒を無視してジェイドは話を進める。
「ポール・ドラローシュの『レディ・ジェーン・グレイの処刑』って絵画を知ってるかい? 私の一番好きな油絵なんだ」
うっとりとした目で見返す。全体的に暗く描かれた中、白いドレスを着たジェーンの姿がありありとよみがえる。
なんだかどんどんとショコラーデから話がズレていくというのはユリアーネにも理解できつつも、多少の興味はある。
「いえ、すみません。どういったものなんですか?」
タイトルからして楽しいものではなさそうではないだろうが。それでも様々な見聞を、情報交換を通して広めることは悪いことではない。どんなものでも店のメニューたりえる。恐怖と興奮は脳の作りからいっても紙一重にある。
キッチン内を歩き回るジェイド。小麦粉の袋は一旦置く。
「簡単に言ってしまえば、我々と同じくらいの年齢で女王になったグレイという少女が、反逆罪で首を刎ねられて処刑される寸前を切り取った絵なんだ。目隠しをされ、左手の薬指には指輪も」
うん、と悲痛な表情。もし自分であれば。今死ぬ? 考えられない。まだルレ・デセールにも入っていない。
なんとなく予想のつくタイトルではあったが、ユリアーネは深く息を吸って、ゆっくりと吐く。
「……壮絶な話ですね」
たっぷりと時間を置いて、その心情を察する。作り話でもなんでもなく、過去に実際にあった出来事。もしその時代に生まれていたら。そんな恐怖に怯えて生きなければならない。
さらに追加で詳細をジェイドは語る。空気が重くなる。自分で振った話題だけど。
「カトリックに改宗すれば命だけは見逃してやる、と言われたそうなんだけど、夫と一緒にプロテスタントのまま死ぬことを選んだ」
わずか九日間の女王の座。その結果が斬首。割に合わなすぎるだろう。そして毅然として意思を貫いた彼女の最後の瞬間はどんなものだったのだろうか。
簡単な言葉で言い表せない状況だが、ここでその話が出てくるということは。ユリアーネは推測する。
「それが、ジェイドさんにとってイメージする『愛』……ということですか?」
たとえ待っているものが死だとしても。伴侶に寄り添うような。そんな関係性。
熟考し、未来の自分を同じ状況に当てはめてみるジェイド。そして結論が出る。
「いや? だが、ある意味で理想としているのは事実かな。どんな時もショコラを作り終わるとこの絵のことが浮かんでくる」
「理想?」
ショコラーデと……首を切られる寸前の少女。どう見積もってもユリアーネには結びつかない。苺の赤などもその際の……血液にさえ思える。食事は楽しく。そうでありたい。




