231話
そう言われると、オードにもこの透明感のあるカクテルに様々なものが詰め込まれていそうで……息が詰まる。
「どうだ……って言われても……まぁ、有りがたみは多少」
社交場の男達の顔は……見えない。だが、ウイスキーの味よりも今ここに注がれるまでの時間の流れを飲む感覚。それがバーの楽しみ方なのかも知れない。もちろん、ただ酔いたいとか酒が好きとか、そういう自分なりの価値を見出せるのならなんでもいいのだと思う。
「どうだ? 今後ピカソの絵を見た時、感じとるものが変わってくるだろう。ただのよくわからない、抽象的な絵というだけでなく、そこからほんの少しだけ、作者や背景のことを知ると、違ったエネルギーを受け取れるはずだ」
水で炎を表現するように。光で影を表現するように。月で太陽を表現するように。ビセンテは酒で『自分の想い』を伝える。
その言葉の意味。今ならわかる。芸術家は絵などの媒体を通して、その作者を魅せる。ならば。オードがテーマとするものは『愛』であっても、表現するものは『愛』ではない。
「……カルトナージュを通した『オード・シュヴァリエ』。そういうことね……」
そこに。価値が宿る。
もう必要ないかとは思いつつも、ビセンテは最後にひと言付け足す。
「ミロのヴィーナスは腕がないことこそが、最も美しい要因だという人もいる。ミルクを注いでいるのかもしれないし、裸体を隠しているのかもしれない。つまり、想像力を掻き立てることこそが、価値へと繋がる」
未完成ゆえに完成品となることもある。謎ゆえに人を惹きつける。人間なんて。曖昧な生き物なのだから。




