230話
ようやくここで繋がったオード。『価値』というもの。その本質。
「それがさっきの名言てわけね。誰かにとっては宝、ってこと」
そんなのはわかっていたこと、と思っていたが、今一度改まってみると見え方が変わる気がする。電球も。グラスも。壁のレンガも。誰かにとっては百万ユーロ。溶けてしまって捨てるだけの氷も、酒が混ざっていなければ草花にあげることができる。
「そうなるとさっきのケンカにも価値が現れてくる。一般人じゃなくて、ピカソとゴッホが路上でケンカしてたら見てみたいだろう? それが己の考えるキュビズムについての論争とかだったら、一億ユーロ払う金持ちもいるかもしれない。こうなるともうケンカも芸術だ」
だが興味のない人からすると三ユーロの価値もない。オッサン二人が筆の堅い部分で殴り合ってるだけのつまらないケンカ。マイク・タイソンとモハメド・アリのほうが見たい。より深く掘り下げると。この世の全ては面白い。
その揺らいで形のない『価値』という概念。カルトナージュにも当てはまるのだろうか。そこでようやく『愛』をテーマにした作品がオードの頭にチラついてくる。
「どうせ人それぞれで受け取るものが違うなら……だとすると、あたしにとっての『愛』って……」
ハートや、赤くて瑞々しい、純粋な透明感のある誰もが認める温かなもの。だけど、その裏にある価値が自分自身を示すのであれば。もし自分の作品に『オード・シュヴァリエ』という価値のラベルをつけることができれば。
そしてビセンテ自身、迷ったときはこのカクテルを作るようにしている。その理由。
「ただ飲むだけであればさっき言ったように、ペルノとレモンの香りがリンスされたライ麦ウイスキーだ。だが『世界最古』というラベルがつけば、背筋が伸びる。酒に興味がなくても、敬意のようなものを払いたくなる」
なにかを見失いそうな時にこそ、自分の初心を思い出させてくれる『価値』のあるカクテル。




