228話
ようやくオードにもスッと頭に入ってきた。つまり人はその物質を見ているのではなく、裏に潜む『本質』にお金を払っているということ。
「でもその価値を決めるのは人間でしょ? あたし達が今後『ピカソに価値はない』って思うようになったら、それこそ一気に下落するわけで。そういう『情報』も積み重なっていく」
上がっていくだけではない。他にも例えばそんな絵が数百枚見つかったら。希少価値はなくなり、暴落の一途を辿るのだろう。ネームバリューとプレミア感。それこそが美術品の正体。
背後の棚から酒のボトルを取り出したビセンテ。そしてロックグラスも。
「『この石がなんのためにここにあるのかはわからない。だが、なにかのためにあるのかは神様だけが知っている』」
グラスに氷とペルノという酒を入れ、軽くステア。香りを馴染ませつつ、冷やす作業。
「あん? なんか言った? 誰の言葉?」
まーたわけのわからない名言みたいなのが。一応オードは聞いてみる。
最近の子は知らないよな、と自分の年齢に少し危機感を覚えつつもビセンテは映像を思い返す。
「フェデリコ・フェリーニ監督のイタリア映画『道』の一場面だ。昔の映画はいい。作中にも外にも情報が少ないから、色々と想像力を掻き立てられる」
そんなどうでもいい所感を混ぜつつ、ミキシンググラスに角砂糖をひとつ、アンゴスチュラビターズを振りかけて浸らせる。そしてそれをペストル、つまり擦り棒で潰したあと、氷とライ麦で作ったウイスキーを入れステア。
そしてロックグラスのほうに入っていた氷とペルノはシンクに捨て、ミキシンググラスは蓋であるストレーナーをし、注ぐ。最後にレモンピールをすると完成。
音もなくビセンテはグラスを差し出す。
「サゼラック。まずは先入観なしで飲んでみてくれ」
澄んだ琥珀色の液体。ウイスキーはなぜこの色なのか? それは無色の蒸留酒を樽の中で熟成させると、その木材の色がついてこの色になる。時間を体現する色合い。
中々に強そうな酒ではある。大丈夫かな、と不安も感じつつもオードは口をつける。
「……ミントとレモンの爽やかな感じ。うん、美味しいかも」
ペルノはかなり癖のある酒。大多数が嫌がり、残りは熱狂的なファンになることでも有名なミントリキュール。それでも香り付けには非常に重宝される。使い方次第。




