225話
「カクテルってのは、俺の中ではアートに近い。芸術」
トンネルのように半円にくり抜かれた空間。壁の材質はレンガ、吊るされた多くのLED裸電球。まだ早い時間であることを鑑みても比較的余裕のあるジャズバー。カウンターの中のビセンテは、自分にとってのカクテル像を吐露した。
なんで自身のまわりの人間は回りくどい感じの言い方になるのかね。そしてなんで自然とここに足を運んだのか、オード・シュヴァリエにもわからない。なにか困っていたとか。深掘りすればそうなるのかもしれないが、なんだかふと来てしまった。
「……まぁ、色合いとか。プースカフェとか。そういったもので言えば、近いんだろうけど」
色とりどりで。美味しくて。会話のネタにもなって。絵画や音楽よりもわかりやすい。たぶん、将来的には自分は飲むほうになるんだと思う。
若干の解釈の違いを訂正するため、ビセンテはより詳しく意図を伝える。
「そういう意味じゃない。接客業とか。サービス業とか。色々あるだろうが、俺からしたらピカソのほうが近い存在だと思っている」
あの。本名が長いことでも有名な。共通する部分があると。
ピカソといえばオークションとかで高値で売れる人、程度にしか知らないオードにはピンとこない。
「じゃあこのグラス一杯で百万ユーロとかすんの?」
そんなわけあるか。目の前に置かれたロックグラスのカクテル『アメリカンブレックファースト』。今の状況と正反対のもの、というオーダーをしたら出てきた。飲みやすいし美味しいが、どこにでもあるウイスキー、ジュース、シロップを使っている。
原価にすると数ユーロ程度。作ろうと思えば誰にでも作れてしまう。しかし意外にもビセンテの返答は肯定。
「人によってはするかもな。例えばここが砂漠で。喉がカラカラで干からびる三秒前って時に絵画を渡されても困るだろう。その時だけはそれ相応の値段で売る」
数ユーロの酒が一気に跳ね上がる。だがそれでも欲しがるだろう。正常な判断ができなければ。
一刻も早く助けなければ、という時にも商売。それが店を経営する者としては正しいのかもしれないが、足元を見るのはオードには胸がすく話ではない。
「性格悪いわね。ま、芸術家ってどっちかっていうとそういう気質の人、多い気もするけど」
ヒネくれているほうがそれっぽい。妙に納得。
一方的に悪として認識されている。そんな空気をビセンテはひっそりと感じ取る。
「というよりむしろ、カルトナージュのほうがアートだと俺は思うが。そういう意味では、オードさんのほうが性格悪い」
多少の反撃。色合いとか。柄とか。よっぽどアート。




