222話
手渡すアニーとしても、使い所をようやく見つけて嬉しい。
「どうぞっス。シトラスの香りやコーヒーの香りなど、様々なものが出ているので、視覚にも嗅覚にも楽しいっス」
直接味に影響があるわけではないが、嗅覚というものは記憶に残りやすい、という研究結果もある。そういった意味合いも込めて、使えるものはなんでも取り入れていくのが〈ヴァルト〉。
銃口を正面から見つめてみるジェイド。ちなみに本物の銃であれば暴発もあるので絶対にやってはいけない行為。
「ちなみに今から打ち出すのはなんの香りなんだい?」
彼女の得意な紅茶か。ユリアーネの得意なコーヒーか。はたまたスパイシーななにか。
小皿にはシャボン液のようなものが入れてあり、ブラスターの先端を軽く触れさせるアニー。数回今までに使ったことはあるが、しっかりできなかったりする時もあるのでちょっとドキドキ。
「実際にやってみましょうか。いきますよ」
トリガーをゆっくりと引く。すると丸い球体が生まれ、その中には煙がモクモクと立ち込めている。それがカップに上手く乗っかり、すっぽりとハマった形となる。
隣の女性もビックリ。携帯を見るのを忘れて口も半開きになる。
許可を得たジェイドが突ついて割ってみると、そこにドライアイスのように煙と香りが広がった。そしてこの華やかさ。
「……これは……バラ、の香り」
間違いない。ミルクティーと混じり合い、高級感のある空間が生まれる。
自慢げにアニーは胸を張る。
「そうっス。ほんのりと香りつつ、ショコラーデをミルクティーで溶かしつつ楽しんでもらいたいです」
ロゼショコラーデミルクティー、なんていうものは存在しないけど。名付けるならそんな感じ。
面白い。まずジェイドに湧き上がった感情はそれ。全く考えの及ばなかった領域。
「しかしなぜこれが私に合っていると? たしかに……美味しい」
ダークな苦味とクリアな甘さ。そしてバラの芳しさ。相乗効果で高め合う。
さらにアニーは説明を付け足す。
「バラの中でもオフィーリアという種類の香りです。ほんのりとティーの香りもするんス。その花言葉は『忘れられぬ愛』」
「『忘れられぬ愛』……」
当然、ジェイドには思い当たる節がある。自分のことではないが、知りたい気持ち。想い。そう考えると、香りになにか切なさのような色も見え隠れしてきた。
「そしてオフィーリアにはもうひとつあるんです。シェイクスピアの戯曲『ハムレット』に登場するオフィーリア。ハムレットの恋人の、いわゆる悲劇のヒロインっスね。ジェイドさんが愛で悩んでいるような気がして」
微かに香る『迷い』をアニーの嗅覚は感じ取った。バラの花の種類は数多くあるが、それぞれほんの少しずつ香りも違う。オフィーリアは甘くて優しい。彼女の嗅覚であれば、嗅ぎ分けることは容易い。




