219話
その場でポツン、と佇むジェイドだったが、通行人の間を縫うように店の扉に歩を寄せる。
「やれやれ。この前のこともあって奢ろうかと思ったのに。まぁ、いいか」
そして入店。フランスではカフェやレストランなどでは、入ったらまず空いているところに適当に座り、店員を待つ。店内中央のひとりソファー席。隣には同じようにひとりでコーヒーを飲みながら携帯をいじる女性。
いつもとは違う視点。落ち着かずソワソワとするジェイド。適度に混む店内。満足していただけているか。今は自分が働いているわけではないが、気になるといえば気になる。
そこに颯爽と、黒を基調とした店の制服を纏った少女が注文を聞きに来る。
「こんにちは。驚きました、来られるのであれば言ってくだされば」
なんとなく来るかも、程度に心に置いてあったので、ユリアーネはそこまで驚かない。むしろ七割がた来る気はしていた。たぶん、自分達を見に。
「いやいや、今日はただのお客さんだからね。邪魔しちゃ悪いと思って」
言い換えれば『暇』とも言う。なにか困ったら初心に帰る。ジェイドにとっては〈WXY〉がその場所。
そう言われたらユリアーネも反論はできない。小さなため息を吐きつつ、まずは普通に働く。
「メニューはどうされますか? とは言っても、普段飲まれているものしかないかと思われますが……」
自分よりも詳しいであろうホットショコラなど。その他コーヒーなどやソフトドリンクなども当然あるため、販売のほうも含めて覚えることは多い。
色々と悩むジェイドだが、たしかに特に目的が明確だったわけでもない。さてどうしようか、と少女の顔を舐めるように凝視していたら、ひとつ案が浮かんだ。
「……そうだね。アニーさんはいるかな? 話に聞いていた紅茶とお茶菓子、ぜひ堪能してみたいね」
これだ。他人の心と体を癒す、魔法のようなメニュー。話に聞いた限りでは、恐ろしく鋭い勘を発揮するという。ならどうする? やるでしょう。
そういえばベルリンではそんなメニューがある……ということをユリアーネも思い出す。
「……ここは〈ヴァルト〉ではないので難しいかもしれませんが……」
勝手に色々と無茶をしていいのかもわからない。なにせ自分達は来たばっかり且つ、すぐにいなくなる新人なのだから。
しかしそこに話をややこしくしそうな人物がやってくる。
「なんスかなんスか? ボク呼ばれました?」
どこかから聞きつけたように、異変を嗅ぎつけてきたアニエルカ・スピラ。通称アニー。パッと場に賑やかさが増す。




