218話
明らかな『逃げ』の空気を読み取ったオード。追求の手は緩めない。
「話を変えるな。あたしはカルトナージュを作る以外はなにもしない……でまぁ、観たけどなんか不思議だったわ。いや、話の筋は通ってるんだけど、なんだろ、見せ方……っていうのかな。素人がなに言ってんだって話だけど」
緩めないが、結構好きな映画だった。そして違和感の正体も知りたい。
話の方向が逸れたところでジェイドはより饒舌になる。
「カメラワーク。ジャックは画面中央から外れるように、逆にアリーは中央にくるように全編を通して撮影しているそうだ。それ以外にも、あえてブラッドリー・クーパーがアドリブを入れて、相手の素のリアクションを採用していたりもするらしい」
全然そんなことには気づかなかったオードは、思い返してみてもどこのことを言っているのか記憶にない。
「へー。それかな。よくわかんないけど。で、それがなに? どういう意味で? ていうかさ。どこ向かってんの、今」
そして気になるのは足の向かう先。今日はバイトではない、とのことだが見知った景色が続く。
そろそろいい頃か。その目的地が近づいてきたことで、ほんの少しジェイドのペースが上がる。
「〈WXY〉は私はいなくても大丈夫だと言ったが、だからと言ってだらけるのも違う。ならばやることはひとつ」
そして立ち止まる。多くのお客が今もドアから出入りするその店。
途中から「まさか」という気持ちを抱えながら歩いていたオード。案の定。
「……で、ここ」
七区の有名ショコラトリー〈WXY〉。M.O.Fであるロシュディ・チェカルディがオーナーを務める老舗。外のガラスから店内を眺める通行人も多い。
言うまでもなく自分が働かせてもらっている店なのだが、休みの日であってもジェイドには関係ない。
「今日はお客としてね。顔を出さないのも無責任だろう」
紹介した以上、一度は様子を見にいくのが筋というもの。忙しければ手伝うのもアリ。
はぁ、と長く息を吐くオードは肩透かしを食らったように力が抜ける。
「一応はそういう考えもあんのね。じゃ、あたしは帰るから」
踵を返して家へ。場所を最初から知らされていれば来なかった。
唇を突き出してジェイドは呼びかける。
「一緒に見ていかないのかい? ついでにお茶でも」
ベルリン式接客。そんなものがあるかは知らないが、見るだけはタダ。参考にしてみたい。
だがオードはそういったことにはそそられない。自分のやるべきことは明確にしてある。
「その子達のこと、あたし知らないし。それにお金持ってないんでしょ。じゃ、帰るわ」
そしてどうせ奢らされるし。脇目もふらず雑踏に消えていく。




