215話
「綺麗な緑色……飲むの勿体無いくらい……」
飲むのは自分ではないが、オードは率直な感想が口をつく。見入るほどの美しさ。
どこにでもある酒と。どこででも買えるシェーカー。誰にでもできるシェイク。それを褒められてビセンテは多少恥ずかしさも覚える。
「いつでも作れる。これが『アフターエイト』。仕事終わりにちょっと飲もう、という意味だな」
今はまだ時間にして早いけれど。まぁ、意味としては間違っていないってことで。
「『アフターエイト』……」
なんだか不思議な名前。味わいや色などではなく、時間をテーマにしたカクテルにオードは関心を持つ。
ひとつは完成。そしてもうひとつにビセンテは移る。
「オードさんへのカクテルは、ベイリーズ、コーヒーリキュール、ホワイトミントリキュールを同じようにシェイクして。で、カクテルグラスに注ぐ」
先ほどとは使っている酒が違うだけで、やっていていること、動きは全く一緒。だが今度はカクテル・グラスに注ぐ。
このタイプのグラスは量も少ない。これくらいなら飲んでも酔わなそうだな、とオードは安心。
「今度は乳白色……このカクテルの名前は?」
先ほどの透き通る緑とは透明度も色も違う。なぜこれを自分に?
ボトルを元に戻しながらビセンテは解説する。
「これも『アフターエイト』、色も味もグラスもなにもかも違うが、紛れもない同名のものだ」
その言葉に衝撃を受けたオード。グラスを持ってまじまじと観察。
「これが? 全然違う……」
似ているところなどひとつもない。でも同じ。なぜそんなことになったのか知りたい欲が出てくる。
初めてオードの強い感情を悟ったビセンテ。
「面白いだろ。もちろん、同じカクテルでもバーテンダーの腕によって味は違うし、違う酒で代用したりってのもあるが。全く見た目さえも違う、でも同じ名前」
逆にほぼ同じでも全く違う名前のものもある。そしていまだに増え続けている。昔であれば一般的でなかった調味料などが、スーパーや通販などで簡単に手に入るようになったことで、また広がりを見せる。
そこになぜか誇らしげにワンディが割って入る。
「だねぇ。でも全く同じってのはそうそうないかな、そしてさらに——」
「まだあるんですか?」
まるで科学者が実験するように。目の前で起きることに自然とオードはワクワクする。
さらにもうひとつグラスを準備するビセンテ。先ほどと同じショットグラス。そこに再度注ぐ。
「コーヒーリキュール、ホワイトミントリキュール、ベイリーズの順にグラスに静かに注ぐと、比重の違いでプースカフェスタイルにもなる。また見た目が変わる。味は一緒だけどね」
今度は混じり合うことはなく、しっかりとした三層。グラス内で下からブラウン、緑、白と神秘的な輝きを放つ。見た目にも楽しい、飲んで美味しいカクテル。




