213話
ジェイドとしても聞かれるとは思っていた。なぜショコラとは無関係ではないにしても、違う職を体験しようとしているのか。
「それはだね——」
「はいはいはいはい。どう? サマになってる?」
言葉を遮るように乱入してきたのは、七区〈WXY〉の店長ワンディ。仕事終わりにそのまま、いや、終わってないけどあとは任せて様子を見に、もとい飲みに。
なんだか見慣れた顔にジェイドは驚きつつも落ち着く。慣れない忙しさは予想以上に体力を消耗しているようで。
「店長。なんとかやれてます、たぶん」
そうこうしているとまた注文が入る。そちらをこなすために一度離れた。
初日にしてある程度はできている。もちろん、本格的なバーと比べれば酒の味は落ちるだろう。それでも、簡単なものであれば提供できるほどの物覚えの良さに、素直にビセンテは感心する。
「お前さんよりは向いてるよ、まず間違いなく」
知識などはないだろうが、よくお客を見るということはできている。相手の酔い方を見てロングカクテルに変更を促したり。割ればアルコール度数は下がる。
なんとなくこうなることは予想がついていたワンディ。要領の良さは認めるところ。
「いやいや。こっちの期待の若手なんだ。勝手に引き抜かれちゃ困る。ところでキミは友人かい?」
と、話し相手をプッシー・キャットを飲む人物に変更。雰囲気からして知り合いだろう。
……ひとつだけオードは訂正したい。
「友人……ではない」
じゃあこの関係はなに? そう聞かれたらなんて答えればいいのかはわからない。お互いの家に行ったり。帰りに買い食いしたり。なんだろう。
聞いたもののそれに関してはどうでもいいらしく、ワンディは握手を求める。
「ふーん、よろしく。〈WXY〉店長のワンディだ」
その明らかに朗らかな物腰。常に日陰で生きようとしていたオードには中々に触れづらい生き物。
「どうも……」
恐る恐る手を出す。少し震える。
触れるか触れないか。その戸惑う指先。を見かねたジェイドが両者の手を掴み、ガッチリと握らせる。
「私のショコラのカルトナージュ。彼女の作品ですよ」
こう言えばきっと目を輝かせるはず。なにせ結構気に入っていた。
わかりやすく目に力が宿るワンディ。握る力も強くなる。
「……キミか! いいね、いい感じだ」
最初から只者ではないと思っていたんだ。握った手をブンブンと振る。
ひとりだけ盛り上がっているように見えるので、円滑にするためにもジェイドはオード・シュヴァリエという人間を噛み砕いて紹介する。
「オードは誰かと親しくなるのが苦手なんでね。表現も苦手なんですが、これは今喜んでいる表情です」
ほんの少し本当のことを混ぜるほうが嘘は強固なものとなる。引き攣った顔をプラスの方向に捻じ曲げた。




