212話
言われてオードは「うん?」と話が噛み合わないことに気持ち悪さを覚える。
「気分が晴れないなら明るくしたほうが気持ちがいいんじゃない? 違うの?」
暗く沈んだ時に遊園地でパーっと遊ぶように。お金を散財してストレスを発散するように。
それでもビセンテはある考えを持って店の経営に携わっている。
「『同質効果』ってのがあってな。落ち込んでる時は暗い音楽を。明るい時は派手な音楽のほうが、落ち着くというのがある。同様に『クルーゾフの快適曲線』というのもあって、これは明るさについて。同じような結果が出ている」
だからこそ、辛い人間はこういうところに来るよりも、暗く静かなバーの片隅でチビチビと飲んでいるほうがいい、ということに繋がる。
よくわからないが、頭の良さそうな人が実験をして、そういう結果になったのだろう。難しいことをオードは排除した。
「はぁ、色々考えてんのねぇ」
大多数に見てもらうことの多いカルトナージュの作り手には、中々に芽生えない思慮。そろそろ興味は無くなってきた。
それでも語り足りないビセンテは、聞かれてもいないマイルールを宣言。
「イギリスの経済学者、アラン・ターナー・ピーコックはこうも言っている。『酒を飲む理由は二つ。喉の渇きを潤すためと、その渇きを事前に防ぐため』と。だが、俺はひとりで来るお客さんはもうひとつあると思っている。それが——」
「それが『自分と向き合うため』。さっきも言ったけど、悩みの答えなんて最初からわかってるのに、わからないフリをする。その決意のための場所なんだってさ、バーってのは」
美味しいところの決め台詞はジェイドが奪う。噛み締めたからこそ言いたくなった。思想やアイディアなど。盗めるものは盗む。
息の合った掛け合いに、なんだか長年の師弟関係を疑うオードだが、少なくとも最初よりは話についていけている。
「……わかるようなわからないような。ま、たしかになにか掴めるような気もしないでもないわね。てか。〈WXY〉のほうはいいの? これから忙しくなる時期なんじゃない?」
クリスマスも近づき、忙しくなる時期。こんなことをしてていいのかと心配……はしていないが。
もちろんジェイドは対策済み。やはり自分は運がいい。
「そこは心配無用。二人ほど、今週だけは働いてもらうことになっている。接客の経験があるらしいから、ホール担当でね」
カフェは相当に混むだろう。代わりに入ることになったその二人は可哀想に。こっちとどっちが大変なのかオードは聞いてみたいが、やっぱり興味は霧散した。
「はぁ……ま、あたしが心配することじゃないけど。てかさ。あんたはなんでこれやってんの?」
プッシー・キャットを飲み干す。人々の熱気がこもるここでは、たしかにショコラのような甘さよりも爽やかさのほうが合っている気がする。そしてバーテンダーの良さもわかった。だがなによりの問題は、なぜそれをやろうと思ったか。




