210話
じっと見つめるジェイドだが、意を決してカクテルを決定。
「わかった。プッシー・キャットなんかいいだろう」
悩む時間ももったいない。直感を信じる。オレンジ・グレープフルーツ・パイナップルのジュースを適量と、ザクロと砂糖で作られたグレナデンシロップをシェーカーに氷と共に入れる。
当然のようにオードには違和感。聞いたこともないカクテル名。
「……いやに慣れた手つき……というか、あんたのことだからショコラを使ったカクテルでも出すのかと思った」
シェーカーをそれっぽく振り、適度なところで止めたジェイドはグラスに注ぎながら思いを語る。
「今はバーテンダーだからね。素人でもベテランでもお客さんからしたら関係ないだろう? それにここの店長から教わったんだよ。バーテンダーに必要なこと」
最後にグラスの縁にカットされたオレンジを添え、プッシー・キャット完成。
普通に美味しそう。なぜか負けた気もしながらオードは気になったことを問いかける。
「必要なこと?」
静かにグラスを差し出し、得意げにジェイドは自論を展開。
「会話。ただ、助言するとか救うとかそういうことじゃないんだ。ただ話をして、寄り添うこと。病院での診察後に薬の代わりに、その人にあった本を読むという療法があるんだが、それに近いものがあるね」
「……本?」
また知らない知識が増えそうだな、と新しい地雷源に足を踏み入れるような気持ちにオードは陥る。
混雑する店内。他の騒音に混じりながらもジェイドの声は一直線に耳まで届く。
「アメリカの小説家、ジェーン・スマイリーの言葉に『多くの人々が、ほんの少しだけ本を視界に入れるだけで気分が良くなる』というものがある。精神的な癒しを求める人には、本当に必要なものは処方される薬じゃないかもしれない、ってことさ。本であったりショコラであったり、ただ会話することであったり」
相変わらず要点が掴めない説明にオードはヤキモキとする。
「で? 結局どうすりゃいーの、患者は?」
わざとやってる? そう考えてしまうほどに。
自分なりにその言葉を理解し、たどり着いたジェイドの答え。
「人はすでに、自分の中に答えを持っている。なにが自身にとって大事なのか、必要なのか。それに気づいてもらうための一杯」
それがプッシー・キャット。今は。とりあえず。
せっかく作ってもらったことと、氷が溶けて水っぽくなるのも悪いので、まだ完全にはピンときていないオードではあるが、飲んでみることに。ジュースだけだし味の予想はなんとなくできる。が。
「……あんたこっちのほうが向いてんじゃない? 妙にカッチリとハマってる気がするわ」
喉元を通り過ぎる時、ただのミックスジュースではないと認識を改めた。混ざり合ってまた新しい味になる。ただ単純に美味しい。やっぱり負けた気分。




