21話
レダのピアノのユニゾンですら凄みを感じたのに、それ以上があるのか。でも、少しずつバランスは『会ってみたい』方向に傾く。取り込めるものがあったら取り込みたい。ショコラ作りに夢中になりたい。恥をかきたい。
「まぁ、そうかもね。でも彼女の基盤にあるのは、計り知れない努力だ。天才の一言で片付けてしまうのは違う気がする。そんな子」
とはいえ、レダはその子のクレーム対応などに奔走したこともあり、いい記憶ばかりではない。思い出したくないものもある。
「……その子の名前は?」
きっと出会う。忘れないようにジェイドは記憶の準備をする。
「サロメ・トトゥ。普通科だったと思うから、よければ探してみて。僕からの紹介って言えば、お菓子も込みでたぶん断れないから」
サロメの弱点は食べ物。なんでも食べるが、特にお菓子が大好き。紅茶も大好き。ショコラティエールならば、色んな意味で話が合うだろう。さらに、少しは同学年の頑張る子と触れ合って、彼女に軌道修正してもらいたい。あわよくば、とレダは願った。
「ありがとうございます。近々、訪ねてみます」
最後にジェイドの方から握手を交わす。濃密な時間を過ごせた気がして、感謝しかない。ピアノの調律師、もっと知ってみたい気もする。
「うん。じゃあ僕は報告してから帰るから、ゆっくり休んでて、って言っていいのかわかんないけど」
そう告げて、足早にレダはヴィオラを持ち、キャリーケースを引きながらホールから出て行った。
扉が閉まり、そして静寂。
誰もいなくなったことで、静まり返ったホールは、今、自分だけのもの。ジェイドは一度だけ、演奏会小品を口ずさんでみる。そしてそのまま壇上から降り、先頭の座席のひとつに腰掛けた。
「うーん、体も動かしたし、よく寝れそうだ」
適度な疲れと暗さ。自然と瞼が落ちてくる。そのまま座席に溶けるように、ジェイドは眠りについた。
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