208話
バー、というものの捉え方は、国によっては開きがあるかもしれない。『夜』『ネオン』『地下』『カウンター』『スモーキー』『寡黙』。いくらでも羅列することができるが、少し薄暗さを含んだ表現で思い浮かべる人も多い。
しかしフランス。ワインの生産で有名なこの国では、むしろ昼間など早い時間からも酒を求める。観光地として有名なところには付随するように数多くのビストロがあり、川や橋といった場所で景色を楽しみながら飲むのが普通。行列ができていない時の方が稀、という店もある。
雰囲気を楽しむための要素が大きく、味に当たり外れもあるがカクテルも非常に安い。テラス席やアスファルトに座り、談笑することが目的。ミラボー橋が。エッフェル塔が。より味と会話を引き立ててくれる。
「……で? ショコラトリーは辞めたの?」
まるでトンネルのように半円にくり抜かれた空間。壁の材質はレンガ、吊るされた多くのLED裸電球が古めかしく彩る店内。カウンターに腰掛けたオードが、目の前のバーテンダーにつっかかる。
そのバーテンダーの名前はジェイド・カスターニュ。バーコートがサマになっている彼女は、パリへショコラの勉強をメインとしてやってきた。シェーカーを振る姿もサマになっている。
「いや? それはそれ。これはこれ。全てはショコラのためだよ。〈WXY〉の店長からの紹介でね。ここなら遅くなっても働けるし」
バーではあるが、いわゆる『グラウンドコントロール』。使われなくなった土地を再利用し、人々の憩いの場として提供する計画のひとつ。廃病院や倉庫などをリフォームし、イベントなどは毎日のように行われている。観光地としてももちろん高い評価を得ている。
そこには必ずと言っていいほどに、フードコートや屋台のような飲食店が設置されている。日付が変わる時間まで開催しており、DJによる音楽や、展示してあるアートを鑑賞したりと、エンタメ性は高い。彼女達がいるのはジャズバー。最奥では一段高い位置にアップライトピアノとドラム。
「はー。てか、バーって働けんの? 年齢制限とか」
オランジーナを飲みながら素朴な疑問をぶつけるオード。お酒を提供するのだから、自分も飲めないといけないのでは? という考えから。
次から次へと入る注文。客は店内にも屋外にも大勢いる。静けさなど皆無。あまり手の込んだカクテルはさすがに無理。上手くこなしつつジェイドは会話を続ける。
「さぁ? どうなんだろうね。ビストロ、という括りでもあるから大丈夫なんじゃないかな。でも法律なんて機能してないところでもあるからね」
そう、あっけらかんと受け流してグラスを磨いている。




