202話
そのひとつのことに集中すると、なにも見えなくなってしまうところ。
「それにオランジェットに代表されるように、ショコラにはフルーツも合いますからねぇ。オレンジピールを混ぜてもほのかに柑橘系の香りが足されて美味しいっス。定番スよねぇ」
いてくれるだけで、明るく元気になれるところ。
「香りづけで食用花を使用する、ミシュランの星付きレストランもありますからね。そうなると普段のフレーバーティーとはまた別物になるので、よりショコラーデに合う紅茶を探すのも楽しいっス! 可能性は無限っスねぇ、やっぱ」
まわりを巻き込んで、時々心配をかけてしなうところ。この気持ちが『愛』や『恋』というのでしょうか。ユリアーネにはわからない。だがそれぞれにそれぞれの『愛』や『恋』があっていいように、アニーに対して想う気持ちをそれと決めてみた。わからないけれど。自分にとって最も感情を揺さぶられるもの。
「……」
言葉に詰まる。なにかを伝えたいのに。形にできない。でも、今はそれでいい。
まじまじと覗き込まれてアニーは首を傾げる。
「? なんかありました?」
なにか吹っ切れたような。そんな美少女の微笑み。に、少し自身も恥ずかしくなる。
きっとこの子と自分は歩みを進めていくのだろう、そうユリアーネの心に自然と舞い降りた確信。
「いいえ、自分で物事を難しくするのをやめただけです」
きっとこの気持ちをショコラにするだけ。とても簡単なこと。
よくわからないが、揺らいでいた気持ちがひとつにまとまったような。そんな香りがショコラ・ショーに混じってアニーに届く。
「ならよかったっス。それと、せっかくなのでテーブルウェアを持ってきたんですよ。ユリアーネさんと一緒に飲みたくて」
ウキウキで隣の部屋から取り出してきたのは、釉薬の塗られた、濃紺の美しい重厚なカップとソーサー。二つずつ。すでに淹れてしまっているので、今は使えないが。
「これは?」
まさか持ち込んでいるとは、とユリアーネも驚く。北欧のテーブルウェアを愛している、というのは知っているが、いつも違うものを見せてくれる。
ニヒヒ、と完全に覚醒してきたアニー。頬擦りして愛を示す。
「ゲフレというスウェーデンの陶磁器ブランドです。もう会社が買収されてしまって存在しないのですが、その中のコスモスというシリーズっス」
一九七〇年代に製造も終了した、アンティークに定評のあるブランド。もはや骨董市などで見かける以外には中々に手に入らない。特別、という区分けはテーブルウェアではしていない。だが、それでも大事なもののひとつ。
「コスモス? 花の、ですか?」
ピンクや白の可愛らしい花をイメージしたユリアーネ。だが、この陶磁器から感じられるものはそれよりも神秘的な、奥深いなにか。
くるくる、とカップを回しながらアニーは詳しく解説を挟む。
「いえ、『宇宙』という意味のほうです。コスモスはギリシャ語の『調和』という意味からきてるらしいっス。花のコスモスとはスペルが違いますが、あっちものどかっスよね。どんな時も心穏やか、そんな意味でボクは捉えてます」
そして頬擦り。滑らかな肌触り。歴史を感じつつ、今も息づく職人の技。それを思うと感嘆のため息が漏れた。
やはり。変わらないものがここにはある。そんな安堵を覚えたユリアーネは、窓の外を見つめ直す。東の空。白に染まりつつある。
「……少しずつ明るくなってきましたね」
自分達の未来のようだといいな、そう信じて。
「ドイツだともう授業始まってますね。不思議っス」
暗い中、登校した過去を回想しながら、アニーも同じ空を見上げた。




